- ナノ -

密偵仲間=○○○

「絶対反対、つかそんな任務下すならいくら歳さんの命でも俺が断固阻止するから」
「……なら四季、てめえには何か他に良い案でもあるのか?」
「んな急に振られても」
「なら諦めろ、斎藤は他の連中より身長も低いし平助みてえにいらねえ事を話しちまう危険も無えんだからな」
「だーかーら、いくら一がこの任務に打って付けだからってそれじゃあ俺の立場はどうなるんだよ」
「隊務に私情を交えようなんざ随分偉くなったみてえだな、ああ?」

半刻前から平行線を辿るこの言い争い。俺は折れるつもりなんざ毛頭無い、だからと言って歳さんが折れてくれるとも思えない。偶然通りかかった総司は既に飽きてる様で欠伸を漏らしているし、左之さんは苦笑いを浮かべたきり。そうだ、俺だって分かってる。隊務に私情を挟む事も、俺一人の我儘でそれを曲げる事も許されないってのは。でもやっぱり納得出来ねえもんはしょうがねえじゃん。

「あー、駄目だやっぱり納得いかねえ。だってさあ歳さん、考えてもみろって。いくら敵の目を誤魔化す為っつってもただでさえ美人な一が女装で密偵だなんてそれこそ別の意味で惑わされちまうよ。もし相手さん方が一に惚れちまったら歳さん、どう責任とってくれんだよー」

一気に捲くしたてれば直後に落ちる歳さんの拳骨。恐る恐る顔を覗き込めばいつもの数倍眉間に皺を増やして睨まれた。

「……四季、お前も相変わらず斎藤馬鹿だよな。つか根本的に色々ずれてるだろうが」

眉尻下げながら頭を撫でてくれる左之さんに泣きつこうとした直前に口を開いたのは総司だった。

「ねえ土方さん、だったら四季が一君の代わりになれば良いんじゃないですか? ほら、四季ってどことなく中性的な顔立ちだし、ひょっとしたら一君よりも上手く化けるかもしれないでしょ」

にんまりと笑う総司が菩薩に見えたのは決して嘘じゃあ無い。総司の提案に歳さんは渋々納得してくれたみたいで、そうとなれば膳は急げっつうことで今日のこの任務が決まった。ちなみに本来は一が女装して俺と一緒に岡田屋に入り込み店の人間の動向を色々と探る予定だった。ほら、やっぱり恋仲に見せ掛けりゃあ警戒もされないだろうし――まあ事実恋仲だしな。それが巡り巡って俺と一の立場が逆転したっつうこと。


「……あんたは幕府の人間か何かか」

注文した団子に目もくれず、周囲へと目を走らせる一は俺の事を一切見ずに聞いてきた。

「はい、昔の経験を買って頂き幕府直結の密偵として置いて頂いております」
「……そうか」
「その、斎藤さん」
「何だ」

俺の言葉に疑いも持たずに頷く一は惚れた欲目を抜いても可愛らしくて堪らない。つかこれだけ声を出してるってのに気付かない一も相当鈍いってかまあそんな所も好きな訳だが。今更ながら一が女装する側では無くて安心した。そりゃあ俺だって一のそういう姿が見たい、けれどそれ以上に何だか色々なもんが抑えきれなくなりそうだったのもまた確かだった。

「……気付いていらっしゃいますよね」
「ああ」
「……如何致しますか?」
「あんたは俺の後ろに居ろ、この人数ならば然程時間はかかるまい」

そう言って一は俺を庇う様にして立ち上がり鞘へと手をかけた。俺達の周りには殺気を放った浪士らが三人程。

「新選組の斎藤一だな、その首頂戴致す」

一人が叫ぶと同時に一斉に抜刀した浪士のおっさんら。ご丁寧にそのうちの一人は俺に向かって来やがるからこれは相手をしてやらねえと、って訳で僅かに瞳を見開く一を横目に隠しておいた脇差しを抜刀した――ちなみにこれ、外からは見えないように太股に縛り付けておいたやつ。

「……なっ」

完全に油断しきっていたそいつを殺さない程度に斬りつける。怯んだ拍子に峰打ちを叩き込んで気絶させれば一の方も片が着いた様で足元には浪士のおっさん共が転がっていた。

「……何故俺の言葉を聞かずに動いた」
「……」
「いくら仕込み刀を持っていたにしろ迂闊だったのでは無いのか」

そう言って一は俺の髪に差した簪の位置を直そうと手を伸ばして来た。

「ふは、まーだ分からないのか?」

不意にその手を取って、それまでの口調を元に戻せば一は意味が分からないといった様子で瞬きを数度して見せる。その仕草がまたなんとも可愛らしくてつい抱き締めそうになった俺は間違っちゃいないと思う。

「……俺だよ俺、四季」
「なっ、」

普段は無表情な一がそりゃあもう見た事が無いって程に驚いて見せた。そんな一の襟巻をぐっと引っ張って唇が触れる寸前まで近付けば流石の一も俺だと認識してくれた様で。見る見るうちに頬に赤が差していった。

「……な、何故にあんたが」
「まあ色々大変だったんだって。それよかどうよ、俺の女装姿」

俺だと気付いた直後に身体を離して息を整えた一が訝しげに聞いてくるのに対して逆に俺が尋ねれば。見てるこっちが照れるんじゃあねえかって位に可愛い表情で小さく、似合う、と言ってくれた。

「本当は一がこっちだったんだぜ、最初は」

肩を竦めて言えば続きを促すかの様な視線を向けられる。一通りのあらましを説明すると理由は分からねえけど一に思い切り睨みつけられた――目元を赤くして吐息された後にだけど。


密偵仲間=○○○


(なーんだ、もう種明かししちゃったの?)
(……総司)
(まあそんなに睨むなって斎藤)
(……あんたも知っていたのか)
(それにしても四季、意外と似合ってたよね)
(斎藤も満更じゃあ無かったんだろ?)
(なあ一、今度俺の部屋でさっきの俺の着物着てみねえ?)
(断る)
‐End‐
20101021.