- ナノ -

客人=密偵仲間

「ねえねえ、一君はもう見たの?」

始まりは沖田のこの一言だった。朝餉を食べ終わり、各々の隊務に向かおうと腰を上げようとした直前、沖田がふと思い出したかのように隣へと座る斎藤に問いかけたのであった。問われた斎藤は意味が分からないといった様子で首を傾げ、一連の話を傍で聞いていた永倉と藤堂もまた、斎藤同じように首を傾げて見せたのだった。唯一その場に居る人間の中で沖田を除いて状況が理解出来ていた原田は苦笑を浮かべつつ事の成り行きを見守っていた。

「おい総司、見たって一体何の話だ」

揃って首を傾げた三人の中から代表し永倉が説明を求めるかのように聞けば。

「んーそりゃあ、土方さんのところに来た美人の女の人に決まっているでしょ」

にんまりと笑みを浮かべて言う沖田に、そういえば土方さんは飯に顔出さなかったよなあ、等と藤堂が呟く声が聞こえた。

「……副長へ客人が訪れただけの話だろう、何故俺に相手の顔を見たのか等と聞く必要がある」

淡々と呟かれたその言葉に沖田は大袈裟に息を吐いて見せる。

「つまらないなあ、一君ってば。なら質問を変えるね、土方さんと一緒に四季も朝餉には来なかったけど……どうしてだか知ってるの?」

四季の名にぴくりと肩を揺らした斎藤へ含み笑いを浮かべる沖田の言葉に口を開いたのは永倉だった。

「つうことは何だ、土方さんだけじゃあなくてその美人な姉ちゃんは四季にも用があるってことか」
「ね、一君。黙りきりだけど本当は凄く気になっちゃって仕方ないんじゃない」

くすくすと笑みを浮かべる沖田に対し斎藤は先程から一切表情を崩してはいない。その様子に沖田は尚更笑みを深くし、腰を上げると斎藤の手を取り立ち上がらせたのだった。

「それじゃあ一君、一緒に土方さんの部屋を覗きに行こうか。そりゃあ気になるよねえ、自分の恋人に女の客なんてさ」
「……っ」
「一くーん、顔真っ赤ー」

へらへらと笑い斎藤を指差す藤堂を一睨みし沖田に連れられるように広間の入口へと向かえば、引き戸が音を立てて開かれたのだった。

「斎藤組長、副長がお呼びです」
「なあんだ、もうお呼ばれされちゃったかあ」

山崎の言葉に沖田が肩を竦め小さく息を吐けば訝しげな表情で沖田を見やる斎藤の姿があった。


「副長、斎藤です」
「入れ」

斎藤が土方の自室へと入れば後ろに続いて沖田も共に脚を踏み入れた。何を言っても無駄と判断したのか土方はそんな沖田を一瞥した後に斎藤へと視線を戻したのだった。

「斎藤、お前は今日こいつと共に岡田屋へと密偵に行ってもらう」

以前から攘夷浪士の潜伏先として調査の対象となっていた岡田屋へ密偵の命を受け斎藤は頷きを返すと共に土方の隣へと腰を下ろす女へと視線を向けた。

「副長、この者は副長への客人だと聞いたのですが」

じっと土方を見詰め口に出す斎藤に土方は苦笑の声を漏らし女へと視線で促せて見せた。視線を受けるとそれまで俯いていた女は顔を上げ斎藤を見詰める。
女の顔は端正で切れ長の瞳と意図の読めない表情が印象的だった。不意に口元へと薄く笑みを浮かべる女に斎藤が首を傾げるとそれまで黙りきりだった女が口を開くのが分かった。

「……桜と申します、本日は宜しくお願い致します」

ふわりと微笑みそう言った女の声音は心地よい深みを持ち、斎藤の耳へと響いたのだった。

「ああ、」

一呼吸の沈黙の後に呟かれ斎藤の返事を合図に土方は静かに頷くと腰を上げた。


「なあなあ、総司ー。一君が例の美人な姉ちゃんと密偵に行ったんだろ」

藤堂の言葉に沖田は楽しげに笑い頷きを返すとそれまで口にしていた湯呑を手に取り縁側を後にしたのだった。


客人=密偵仲間


(一君、まだ気付いていないなんてね)
(……総司、お前楽しんでるだろ)
(あは、そりゃあ楽しいでしょ。左之さんこそ違うの)
(……まあ、な)
‐End‐
20101019.