- ナノ -

予兆



ずき、と。疼く痛みに眉根を寄せる。直後に脳裏へと浮かんだのは以前に初めて見た夢の続きだった。扉を開けた俺を目に留めたその人は驚いた様子で瞳を見開き、直後苦し気に呻くと「出ていけ」と小さく、それまでの彼からは想像がつかないような声音で呟いた、と言っても俺にはその人の声を知るよしは無いのだが。


「直衛君、どうかしたの」

名を呼ばれることで意識がこちらに戻る。俺の顔を覗き込む沖田と、その背後にはたった今俺に出ていけと、そう言ったあの人と面白い程に似た表情を浮かべる先生が居た。どうしてか、あの夢の中で俺はどうしたって見ることの出来ないあの人の顔と、今瞳を見開いて俺を見詰めるこの人の顔が被るのは。

「……直衛、と言ったか?」

沖田に浅く首を振って大丈夫だと返し、先程の夢を振り払うかのように瞳を閉じ呼吸を整える。未だ俺を見詰めたままの先生へと軽く頭を下げ踵を返して沖田の手を引き部屋を後にしようとした時。

「はい、先日転入してきた直衛千里です。土方、先生ですよね」

呼ばれた名前に振り返れば土方先生は妙な表情をして口を閉ざしたのが分かった。眉間に皺を寄せ、唇を噛み締める姿に何故か、頭の痛みが蘇る。初対面の俺に、何故そんな表情をするのかは分からなかったけれど、一先ずは言葉を引き取ってその後に続ければ。俺の自己紹介にふ、と僅かに視線を反らした土方先生は「ああ」とそれは小さく呟いた。


「へえ、五稜郭か」

沖田を引き取った後のロングホームルーム。来週に迫った修学旅行のしおりをホームルーム委員から受け取り中身を捲る。生憎と転入してきた時期が時期だったためにグループなんかは既に決まっていて、俺は隣の席に座る中田のグループに入るということで落ち着いた。

「どうせだったら沖縄とか海外にすりゃ良いのによー」

俺の呟きにごちる中田をあやしつつページを捲る。旅行でのスケジュール、約束事、持ち物、部屋割り、その他諸々。修学旅行ならでといったそれに、一人笑みを浮かべれば終業のチャイムが響いた。



(つきり、と疼いた痛みには気付かない振りをする)