- ナノ -

序章



俺はその時、何処かの執務室を思わせる部屋で目の前のソファーに腰掛け、緩く脚を組むその人物と酒を飲み交わしていた。互いの間にあるローテーブルには何かの地図のような物が広げられ、その所々に印が付けられているのが分かる。俺の目の前に居るはずの人物の顔はどうしたってぼやけてしまいはっきりとは伺えないが、ただ分かったのはそれまで見ていた夢で地に横たわっていたあの人と同一人物だろうと、そんな直感が働いた。互いに酒を酌み交わす、相手の表情は至極穏やかだと思えた、何故それが分かるのかと問われたところで俺には答えようがないけれども。次に場面が切り替わった際、俺はその執務室の扉を前に何かを躊躇うかのような素振りでドアノブへと手を伸ばしは引っ込め、伸ばしは引っ込めを繰り返していた。不意に室内から聞こえた呻き声に扉を開けて、真っ先に目についたのは苦し気な声を漏らし胸元をきつく掴んだ、あの人だった。瞳は赤、真っ黒だった髪は白。その姿を捉えた瞬間、意識はフェードアウトした。


「総司!」と。誰かが沖田を呼ぶ声が聞こえる。ドアの向こうに居たのは黄色いパーカーを羽織った見るからに活発、といった風体の一年だった。

「土方さんが総司を呼んでこいってさ、また何かやったのか」

沖田に近付くやいなや、そいつはざっと周りに視線を走らせた後に斎藤へと肩を竦めて見せた。対して斎藤は視線を受け取った後に沖田を職員室に向かわせる旨の言葉を眉間に皺を寄せつつ息を吐く。

「はあ、どうせ小テストのことでしょ。土方さんも一々細かいんだから」
「良いから行けよ、じゃなきゃ俺が土方さんに怒鳴られるじゃんか……て、誰こいつ?」

沖田の肩を軽く小突いて愚痴を溢したそいつは俺の姿を見付けると小首を傾げて聞いてくる。

「直衛千里、つい先日に沖田達の隣のクラスに転入してきた。あんたは?」
「へえ、転入生か。こんな時期に珍しいよな、と、俺は藤堂平助。平助で構わねえからさ、千里君っ」

にへらと笑みを浮かべて言う藤堂。そういや名前で呼ばれるのは久しぶりだなあと感じつつ、お言葉に甘えさせてもらいこちらも平助、と名前で呼ぶことにした。

「さて、と。それじゃあ僕は土方さんをからかってくるからまた明日ね」

ふらりと後ろ手に手を振って屋上を後にした沖田と、残された俺達三人。まあ一先ずは飯を食うべきだろうと止めていた箸を口へと運んだ。



(教師をからかうってのもどうなんだ?)
(俺の問いに斎藤と平助は揃って顔を見合わせ肩を竦めて見せた)