- ナノ -

初日



その時、俺は誰かの名前を呼んでいて。だけど自分自身が口に出すそれが誰を示すものなのかはどうしたって分からなくて。必死に叫び、そして地に拳を降り下ろす。そんな光景が眠る度に脳裏に映し出され、そして決まって起床後には鈍い痛みが頭を襲った。


転入初日、先日知り合った沖田には今日から登校だとは既にメールを通して伝えてある。沖田とはあれから一週間に一度、通院の度に屋上で数分間の語らいをする間柄になった。俺があの日、彼に言った「友達一号として」との台詞が効果的だったのかは分からない。ただ俺は沖田と話している数分間が心地好かったし、沖田も口こそ辛辣な言葉を吐くがそれは彼の、つまりはあまり本心を人には悟らせないといった性格故なのだと気付けば次第にそれも気にならなくなった。


「あんたは何度言えば理解するんだ、総司」

朝のホームルームまで残り十分。教室に向かう前に顔を出すようにと説明されていた職員室へと向かうために普段より幾らか早い時間にアラームをセットし、着慣れないブレザータイプの制服へと袖を通し身支度を済ましたのは今から一時間と少し前。正門が見えてくると同時に聞こえたその言葉に正門の更に奥へと視線を向けた。

「たまには一君に捕まらずに済むかなって思ったのに、ほんと、一君ってば目敏いよね」

彼には謝罪と言う考えが無いのだろう、そんな軽い声音で返す沖田は俺が正門を潜り抜けた直後、俺の腕を取りにんまりと悪戯げに笑みを浮かべて見せた。

「ねえ一君、彼だってほら。指定の着用方法じゃあないでしょ」

そこでどうして俺を引き合いに出すのか、そんな反論を返したところで沖田には痛くも痒くもないだろうということが察し付くまでには俺はこいつと交流をしていたつもり。つまりは、沖田は俺を巻き込むつもりなのだろうと。気付いた時には既に遅い。それまで沖田を睨み付けていた彼の視線がそのままにこちらへと意識が向いたのが分かる。風紀、と刺繍された腕章は今現在この場では服装検査が行われているのだということを示していた。俺や沖田より僅かに低い位置に頭のある、いかにも優等生といった風貌の彼は俺と沖田を見比べるようにして交互に視線を走らせた後に「あんたは転入生か」と一声。じっと瞳を見て言われたそれに頷きを返した。



(ねえ一君、彼が何組か風紀委員会の名簿には書かれたりしてないの?)
(あんたの名は?)
(直衛千里だが)
(……総司、生憎だがあんた達は同じクラスではないようだが)
(なあんだ、つまらないの)
(あー、まあ同じ学年なら会えるだろうし)
(あんた達は知り合いなのか)
(うん、ちょっとした知り合いなんだよねぇ。ね、直衛君)