- ナノ -

疼き



今朝の夢は普段よりも更に鮮明に脳裏に焼き付いていた。馬に跨がるその人の姿を同様に馬を使い追って行く自分自身の姿。次第にその人の髪は真っ白へと変わっていく。ちらりと背後を振り返って、にやりと俺を見やるその人の瞳は赤。前方から響き渡る銃声と、叫び。ぐしゃりと何かが潰れるような生々しい音と、肉を断つ感触に知らずと身が震えた。ひたり、と頬を伝う血ははたして誰のものだったのか。不意に響く一発の銃声によって俺の意識は暗闇へと落ちていった。


朝から酷い頭痛がする。ずくんと疼く脳内に吐き気を催しつつも身支度をして集合場所へと向かう。俺の様子に中田は眉根を下げて苦言を溢したけれど、それを緩く笑ってやり過ごせば肩を竦めて何かあったら言えと肩を一叩きされた。

「はよ、沖田」

見知った背中に声をかければ振り返られる。俺に気付いた沖田は挨拶を返した後に眉間へと皺を寄せじっと睨みを利かせてきた。なんだ、と問えば「それは君の方でしょ」と腕を引かれる。背後で斎藤が渋い顔をしているだろうに構わず沖田は俺を端へと促しながらも口を開くことはなかった。

「今日は、五稜郭だよね」

数分間の沈黙の後に呟かれた言葉の真意が見えずに黙って後の言葉を待てば。

「その頭痛」
「ああ」
「直衛君が見る夢に関係しているんじゃない」

小さく問われたそれを脳内でリピートする。つまりはあの夢のせいでこの頭痛は引き起こされているのかと、半ば半信半疑で訊けば沖田が頷くのが分かった。

「夢が鮮明になるにつれて痛みが酷くなる、そんなだったりしないの?」

俯いた視線が上がる。絡んだ視線を互いに逸らすことなく見詰め合う。沖田の言いたいことはつまりこうだろうと、頭の中で纏まった一つの回答を伝えれば。

「うん、だからもう止めたら?土方さんに聞いたところで状況が好転するとは思えないよ」

小さく呟かれたそれはまるでこの先の結末が見えているのか、そう問いただしてみたくなるような声音だった。「直衛君が苦しむ必要ないじゃない」と。そう言って視線を俯かせる沖田の髪へと手を伸ばす。

「さんきゅ、沖田。でも俺はあんたが何て言おうが土方先生に聞く」

どうして、と。問われた言葉に笑みを浮かべる。俺のことを思って心配してくれる奴が居るのに簡単には諦められない。本心のままに伝えれば沖田は一つ二つと瞬きをして見せた後に、笑い出した。

「そ、っかあ。うん、君らしいや」

一頻り笑った後に俺に背を向ける沖田。僕はもう何も言わないよ、そう言って後ろ手に手を振って帰っていく沖田に感謝をしつつ、俺も元居た場所へと戻った。


“こちらが五稜郭となります”

バスガイドさんのその台詞を背に、バスを降りれば目の前に広がるその建物。江戸時代に要塞としての役目に加え、函館奉行所も兼ねていたというその場所を見上げた瞬間、一際強い痛みが脳内を駆け巡った。ふわり、と。髪を撫でる風が気分を軽くするといったこともなく。風に靡く前髪を退け視界が開けた先には、大木をじっと見詰める土方先生の姿があった。その光景を見た瞬間に、ずきり、と。血管が破裂するんじゃないかと思うほどの頭痛に襲われどうしようもなくなって地へと膝を着く。脈拍が上がり、息もしづらくなって。今までにない症状に目眩を覚えつつも、どうしたって土方先生からは目が離せなかった。



(直衛っ、)
(何故か、必死に俺の名を呼ぶ土方先生)
(その表情を見た後に、ぷつりと意識が遠退いた)