- ナノ -

記憶



もう一度聞いてみる、僕にそう言った直衛君は何かがふっきれたような表情をしていた。彼の行動にとやかく口を挟むつもりなんてないし、僕には関係のないこと。なら何故、こんなにも胸の奥がむずむずとするような感覚に襲われているのか。考えた結果出た答えは、至極単純だった。


「また土方さんに取られちゃうな」

彼に対しても呟いた言葉を再度口に出す。しん、と静まり返った玄関口の広間に一人佇んで居れば、不意に小さく足音が聞こえてくる。なんとなくその先が予想ついたけれど、後ろを振り返ればやっぱりそこに居たのは煙草を銜えた土方さんで。呼んだか、なんて怪訝な顔をして首を傾げるものだから妙に気分がざわついて視線を反らした。

「総司、生徒はとっくに寝る時間だろうが」

眉間に皺を寄せて声を低くする土方さんに「人のことを言う前に自分はどうなんですか」と返せば。「俺は良いんだよ」と横柄な返事の後に肩にぱさりと何かをかけられた。

「風呂に入るのは勝手だがな、こんな所に居ねえで早く部屋に戻りやがれ」

風邪引くだろうが、と。紫煙を吐き出しながらの言葉に自然と唇を噛み締める羽目になった。この人はどうしてこうも、昔から変わらない感情に半ば嫌気が指しながらも子供と大人という明確な差を見せられたようで視線が下を向く。そんな僕に土方さんは数度の瞬きの後に「少しだけだからな」そう言い残して僕の肩にかかったスーツの背広をそのままに、僕から背を向けて広間を出て行った。

「だから僕は嫌いなんですよ、土方さん」

呟いた声音は僅かに震えていたけれど。それに気付かない振りをして、唇を痛い程に噛み締めた。じわり、と。滲む血の味を妙に懐かしく感じて、その理由に自嘲染みた笑いが漏れた。



(なんて子供染みた考えなんだろう)
(過去となんら変わりもしない自分自身へ)