- ナノ -

決意



「……い、…直衛っ」

目の前で誰かが俺を呼んだ。知らずと飛んでいた意識を戻せば俺の顔を覗き込んで怪訝な表情で眉間に皺を寄せる土方先生が居て。その姿は見れば見るほど先程まで脳裏に浮かんでいたあの人とそっくりで。気付けば土方先生の手首を無意識に掴んでいた俺に、土方先生は眉間の皺を更に深くして見せた。

「土方先生、俺と以前に何処かで会いませんでしたか?」

ああ確か、井吹にも前に同じようなことを言われたな、と。ぼんやりと頭の片隅で考えつつもじっと土方先生の表情を伺う。あの人=土方先生、だなんざ有り得ない妄想に駆られた俺を目の前のこの人がはっきりとそれを否定してはくれないだろうか。とてもじゃないが、あの夢の細部をこの人に話すなんてことは出来そうもない。そんな俺の願いは、ふい、と反らされた視線に因っていとも簡単に退けられた。「知らねえな」と。視線を反らしたわりに、小さく返すあんたは何故そんなにも辛そうな表情なのか。聞いたところで答えを貰えるだなんて、そんな安易なことは考えないけれど。


「夢の人が土方さんにそっくり、ね」

人も疎らな午前一時過ぎ。客室を抜け出して一人夜風に涼むように露天風呂へと脚を伸ばした。暫く虫の音に耳をすましていれば不意に叩かれた肩に振り向くと、にっこりと緩く笑みを浮かべた沖田がそこには居た。

「時代背景だとか、服装だとか。そういったモンはなんとなくこの時代の物じゃねえんじゃないかとも思った。ただ、夢の中で俺と共に居るその人はどうしてか土方先生にそっくりなんだよ。前は顔を見ようとも叶わなかったのがここ最近はすごく鮮明に頭に浮かぶ」

ぽつぽつと話す俺の戯言を黙って聞いてくれる沖田に感謝しつつ言葉を続ける。俺はあの人と知り合いなのか、その言葉を最後に口を閉じれば沖田が不意に立ち上がり隣から俺の目の前へと、再度腰を下ろすのが分かった。

「直衛君がしたいことをすれば良いんじゃない?土方さんが君にどんな態度をとろうとも関係ないよ、君がその夢の意味を知りたいって言うのなら」

まるで夢の意図するものが解るとでもいった調子で話す沖田と今言われたばかりの言葉を頭で組み立て直す俺。暫くの間、互いに何も話すこともなくただ虫の音が響くだけだった。


「土方先生にもう一度、聞いてみる」

出た答えを噛み締めるように瞳を閉じてそう言い切れば。そっか、と。吐息と共に吐き出された返しに閉じていた瞳を開く。見れば目の前の沖田は何故か顔をしかめて俺の目を見ようとはしていなかった。はたして俺がその行動の意味を問うたところで素直に返事を寄越す相手だろうかと考えていればふと、小さく肩を竦めて沖田は苦笑を浮かべて見せた。

「また土方さんに取られちゃうな」

自嘲染みた笑いと共に吐き出されたそれの意味を知るまではあと少し。



(全てが解ったらあんたに話すから)
(脱衣所で互いに背中合わせで着替えながらの言葉に沖田は肩で笑って見せた)