- ナノ -

気持ち



以前から何か、赤い粉薬のような物を口にしていたのは気付いていた。尚も出て行こうとしない俺を一睨みした後にその人はテーブルの引き出しから懐紙に包まれたその薬を出し、水も飲まずに一気に喉へと流し込んだ。じっと、堪えるようにして小さく呻くその人に俺は何をすることも出来ず、ただ拳を握りしめていた。

「……っ、くそッ…も、効かねえ…か、」

その声に俯いていた顔を上げれば、額に汗をかき辛そうに胸元のシャツを掴むその人が目に入った。どうしようもなくて、打開案なんざも浮かばなくて。呆然と立ち尽くす俺の姿を目に留めたその人は「出て行け」と。尚も俺を強く睨んで言い捨てた。その視線にぷつり、と。何かが切れる。

「……一人で抱え込んでんじゃねえよ」

そう吐き捨て、そして目の前のその人の腕を引く。俺に手首を掴まれたその人は僅かに瞳を見開き、そして抵抗をして見せる。こちらとしても離すつもりはなく、きっと赤く痕が付くだとか、無理矢理にもこの部屋に居座ることが何の意味を持つのかだとか、そんなことは頭から抜け去って、ただ目の前に居るこの人の痛みをなんとか癒すことは出来ないかと。そう思った直後に、俺はその人を強く抱き締めていた。

「…っ、直衛」

小さく呟かれた名前に笑みが漏れる。浅く呼吸を繰り返すその人をなんとか落ち着かせようと背中を一定の感覚で叩いていく。暫くの間それを続けていれば次第に落ち着きを取り戻した呼吸音に安堵の息。ふ、と肩の力が抜けたその人の髪色は白から黒へ、瞳は元の色へと戻っていくのが分かった。


「……人の血が、動力源」

羅刹、と。自らをそう形容したその人の瞳は遠くを見詰めていた。あの薬は発作を抑える物だと、その時に見た光景を問えば返される答えに納得がいく。ならばどうして今夜はそれが効かなかったのか、それを問うと自嘲染みた笑いを漏らしたその人は「もう羅刹になって大分経つからな」と肩を竦めてそう言った。

人の血を飲めば治まるらしい、と。言葉から考えればまだ試してはいないのだろうとは容易に想像がつく。また、どうしたって飲むつもりはないのだろうという意思も伺える。確かに彼の表情が言う通りだとは思う。ただ同時に、あんなに辛そうなあんたを一人放っておけるわけがないだろうと言いたくなった。



(なら俺の血を飲め)
(漸く出た答えに目の前のその人は瞳を見開いた)
(その顔は、正しく今俺と話している土方先生そのものだった)