- ナノ -

塩辛い倦怠を絡めて平らげた

時刻は二十時十分。月末の二時間残業を終えて十分足らずで身支度からの社屋脱は我ながらよくやったと自画自賛する。平日ど真ん中ではあるものの渋谷のハロウィンの喧騒を避けて隣駅を目指す足は残業のおかげもあって少し重い。今朝も駅構内を歩きながらも目につくのはこの日ならでは、もしくはハロウィン関係ないだろうという仮装をしたひとひとひと。比較的空いていると思われる明治神宮寄りの出口を目印にしつつハロウィンでごった返しているだろう渋谷の一つ前明治神宮前駅から帰ろうとしていた予定は目についた先にあった光景でものの見事に消え去った。
思わず漏れた声は自分の耳にも当然のことながら届くのだから今この場がスクランブル交差点でなくて良かったな、とか。むしろあの人混みで独り言をこぼしたところで誰も気にかけないだろう、だとか。そういう諸々をぼんやり考えながらも視線はその先に注がれたままだったのだから笑う。

「あの人だ」

いつかに見たあの人が視線の先の歩道橋にいたのだから驚くのは仕方がないことだろうと思う。一緒にいるのはあの店先で見かけた子ではなく、でもその人よりは幼く見える出で立ちの二人に何やら指示をしているだろう雰囲気が見て取れる。勿論此処からあの人の声が聞こえるわけなんて皆無なのだけど。

「……世間って狭いなー」

一人呟いた声はまた随分と響く。街なかでの喧騒が忘れ去られたかのように静寂に包まれるその場には俺一人だけ。転職した先で偶然見かけたその人が変わらず元気で居ることを知って少し嬉しくなった、そんな平日ど真ん中のハロウィン。帰ろ、と呟いた声もまた耳に届く。当初の目的を思い出して渋谷を背に踏み出した足はいつもよりほんの少しだけ軽かった。


もしもの20181031
(Title by Garnet)