It falls in love.



胃液のせり上がる感覚が自分を襲う。
こぽ、そんな愛らしい音がしてるとは思いたくないが、喉まで上がってきた胃液は今にも舌を登って口いっぱいに広がりそうだ。早くこの吐瀉物を吐き出してすっきりとしたい。
しかし吐瀉物を吐き出したところで爽快感が得られることはないだろう。ただ喉の奥と口の中に酸味と違和感を感じながら再び吐き気を覚えるだけだ。
こぷり、まるで溺れているようだ、そう思った。

「バニーちゃん、」

ああもうこんな時に話し掛けて来ないで欲しい。しかし彼にはそんな事を伝えても無意味だろう。彼が仕事中に突然黙ってぴたりと動きを止めた後輩に声を掛けない筈がない。
どっちにしろ、吐くことを我慢している今の状況で口を開けばたちまちみっともなく吐瀉物を撒き散らしてしまうのだから、口を開くことなど出来ないのだが。
視線を彼に向けることも億劫で、ひたすら吐き気をやり過ごしていると、彼は何かに勘づいたようで慌てて立ち上がった。気配だけでそれを追いながら、何処かで彼が自分を救ってくれることを期待していた。ばたばたとオフィスから走り去る背中だけは確認し、一人になった空間の中、ひたすらに襲い来る吐き気に耐え続ける。

もうだめだ、口にいっぱいに広がってしまった吐瀉物にそう思ったとき、すっと目の前に出された紙袋。それを誰が差し出したかなんて考える間もなく、情けなくも嗚咽を上げながらその紙袋に吐き散らした。暖かくて大きな手が背中を優しく擦っている。吐き終えて咳き込んでいる間も優しい手は止まらない。ようやく落ち着き、一息吐く。すると背後から冷やされた水の入ったペットボトルが手渡された。それと同時に背から離れる熱に、少しだけ寂しさを覚える。

「…ありがとうございます…」

水を口に含むと、冷たさがじんわりと染み渡り、頭の芯から冷えていく気がした。子供じゃあるまいし人の前で吐くなんて。

「バニーちゃん熱あるよ。帰った方が良いんじゃない?」

そういえばじんわりとした汗で髪が張り付いている気がする。吐き気を我慢していて冷や汗が出ているのだと思っていた。

「熱、あります?」
「汗で一部冷たいけどな。」

そう言われて額に手を当てられる。背中を擦られたときはあんなにも暖かだった手がひんやりとしていてとても気持ち良い。

「ほら、もう帰れよ。」

でも、と言おうとした唇はおじさんの骨張った指で止められる。

「送ってくから。あんま心配させんな。」




僕は恋に落ちる音というのを生まれて初めて聞いた。




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