A hand does not come out of a thing more needed.
健康的な肌色を滑る汗に、バーナビーはごくりと喉を鳴らした。つう、と伝う汗は喉仏を伝って鎖骨へと落ちる。鬱陶しげに拭う手は、細くて形が綺麗だ。普段は跳ねている後ろ髪は汗で項に張り付き、前髪もすっかり下りてしまっている。
ああ、もう目に毒だ。
くらくらと酒に酔うような目眩と、下半身に熱が集まる感覚。自身の理性がぷちぷちと音を立てて切れていくのを、バーナビーは思ったより冷静な頭で聞いている。
付き合って数ヶ月目になるが、バーナビーは一度も虎徹に手を出せていない。
チャンスは何度もあったように思えるが、バーナビーは緊張のあまり毎度のチャンスを潰してしまっているのである。男同士のやり方も勉強して、何度も頭の中でシミュレーションし、今度こそ絶対に決めてみせると気合いを入れて毎度挑む。それにも関わらず、間違って能力を発動させてしまったり、気が付いたら虎徹が爆睡していたり、出動要請が掛かってきたりで、結局はキス止まりだ。いい加減理性も限界なのである。
「あー、疲れた。」
トレーニングが終わったのか、タオルで汗を拭きながらバーナビーの近くへ歩み寄り、ベンチに座るバーナビーの隣に腰を下ろした。徐々に勃ち上がりつつある自身を悟らせたくなくて、そっと距離を取ろうとするが、虎徹がぐいと顔を寄せてきたことによってそれは阻止されてしまった。
「バニーちゃん今日全然トレーニングしてなくね?具合悪いのか?」
上目遣いで、挙げ句に心配そうに眉を下げながら聞く虎徹に、バーナビーは無心になろうと心の中で素数を数え始めた。
(だって困ったような顔が彼の表情の中で一番好きなのだ。)
何度も邪な想像で数える素数が最初に戻る。
「別に具合は悪くありません。」
「じゃあ元気?」
こてん、と虎徹が首を傾げる。バーナビーの思考の中で素数が弾け、何とも言い難い感覚が駆け巡る。愛が溢れて止まないのだ。後にバーナビーはこの感覚を『萌え』と知る。
「…元気です。」
「じゃあ今夜飲もうぜ!兄貴が良い酒送ってくれてよ。」
(何だこのおじさんは。可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い…)
赤い舌がちろちろと覗くのを見て、バーナビーは限界が近いことを改めて知る。
「…おじさん、誘ってるんですか?」
自棄になってしまっていることは自覚している。自嘲気味に笑う。
「うん、誘ってんの。」
厚い唇がゆっくり動く言葉を聞いて、バーナビーはくらくらと目眩がした気がした。
(ずるいひとだ。)
A hand does not come out of a thing more needed.