The piano is played for me.



バーナビーは防音の部屋でそっとピアノの蓋を開けた。両親を亡くしてから弾くことはなくなったけれど、どうしてかピアノだけは自分の部屋に置いている。大きなグランドピアノは白い部屋でその存在感だけを放っていて、これを捨ててしまおうとはとても思えなかった。両親の仇を探し続けた20年間、弾かなかったピアノの腕はもう落ちてしまって、きっともう聴けたものではないのだろう。
バーナビーは自嘲気味に笑った。
弾かなかったのではなく、弾けなかったのだ。とてもではないが、ピアノを弾くと、誉めてくれた両親の優しい思い出が溢れ出してやりきれない想いでいっぱいになってしまう。優しくて温かいあの頃に微睡んで、哀しみよりも愛しさに平和ボケしてしまいそうで、ただ恨み続けた20年間では許容しきれない。
今日も弾けそうもない。愛しそうに指で撫でていたが、そのまま蓋を閉じて踵を返したとき、ようやく部屋の扉に寄り掛かる虎徹に気付いた。

「…おじさん、」
「弾かねえの?」

穏やかに微笑む虎徹に、バーナビーは俯いて弾けないんです、と声を震わせた。
虎徹がその言葉の意味をどう捉えたかは分からないが、虎徹はそうかと頷いてくしゃりと笑った。何処か泣きそうにも見えて、バーナビーは代わりに泣いてくれているのかも知れないと思った。

「じゃあおじさんが弾こうかな。」

大股で近付いて、いつもとは違う優しい手付きでピアノの蓋を開けた虎徹。バーナビーはその言葉に驚いて脇をすり抜けた虎徹を振り返る。

「弾けるんですか…。」
「よく言われる。」

そう言って苦笑する。繊細なものからかけ離れたイメージを持たれている虎徹である。自分でも自覚しているのだろう。

「リクエストは?」
「ピアノ・ソナタ第14番嬰ハ短調月光。」
「は、ベートーベンかよ。」

知らないと思って挙げた曲だったが、存外にも虎徹が知っていて、バーナビーは面食らった。

「弾けますか?」
「一回聴けば大抵弾ける。」

なぜこの人にこんな才能があるのだ。バーナビーは知らなかった虎徹の一面を垣間見た気がした。
節くれだった指が鍵盤を撫でるように動き始める。定期的に調律をしていたおかげで音は一回もずれない。美しく響いていく。
切なくも悲しい旋律が響き渡り、バーナビーはそっと瞳を閉じた。虎徹の足元に座り込み、虎徹の膝に寄り掛かる。虎徹が驚いたようにバーナビーを一瞥したが、僅かに微笑んだだけだった。



The piano is played for me.
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