「気付いていたよ、柿崎がこっちを見ていた事」
「え」
 まさか気付かれていたとは。顔に熱が集まるのを感じて、ますます恥ずかしくなる。いっそ雪の中に埋まりたかった。
「だって、俺も見ていたから」
「…嘘、」「じゃない」
 彼の事を一途にずっと好きでいた訳じゃない、最近はたまに思い出すくらいだった。でも、ふつふつとあの頃の気持ちが湧き出てくる。小学生の私が言えなかった事を、言うのは今しかない。ありったけの、幼い頃持ち合わせていなかった勇気を振り絞ろうと口を開く。けれども気持ちとは裏腹に、鯉のようにぱくぱくと開閉を繰り返すだけだった。情けなくて、涙が零れそうになる。その瞬間、何か温かいものに包まれた。
「ごめん、男の俺から言うべきだった」
 頭上から彼の悔やむような声が降ってきて、体を引き離された。
「好きだよ」
 私は返事をせず、思い切り彼に抱きついた。私の背に手が回される感触がして、更に腕の力を強める。ずっとこのままでいたいと、思った。しかし、彼の腕の力が緩められたので、私も静かに腕を下ろす。
「どこか暖かい場所に移動しようか。柿崎の左手、また紫になっているだろう?」
「え、そんな事覚えてたの?」
 そんな些細な事を覚えてくれていたのか。嬉しさと恥ずかしさで、私の頬に熱が集まる。今日は顔が赤くなってばかりだ、と頭の隅でぼんやり考えていた。
「行こうか」
 私の左側に立った荻原くんは、私の左手を握る。そのまま私の左手は、彼のコートのポケットにご招待された。こういう事をさらりとしてしまう彼に少々戸惑いつつ、のんびり歩きながら校門を潜る。そう言えば何で校舎は残っていたのだろう。何気なく振り返る。
「…なん、で」
 藤棚も、校舎も無い。ただの更地が広がっていた。唯一取り残された校門だけが、かつて小学校があった事実を伝えている。そして隣にいた筈の荻原くんまでも消えていた。
 どういうことか分からない。頭がうまく働かず、思わずよろける。なんとか踏みとどまるが、その場から動けない。私の心臓の音が、耳の近くで鳴り響いているように感じた。
 その時、コートのポケットから微かな音がした。携帯電話をポケットに入れっぱなしだったこと思い出し、急いで取り出す。ディスプレイには奈緒の名前が表示されている。通話ボタンを押し、耳に押し当てた。
「もしもし、奈緒?」
「あ、出た!久しぶりー!」
 明るく跳ねる奈緒の声に、私の頭の中は少しずつクリアになっていく。心臓も普段の速さに戻っていく気がした。
「どうしたの?あ、もしかして奈緒も帰ってきた?」
「わたしは明日帰るよー。って、そうじゃなくて。小学校の時にさ、荻原っていたの覚えてる?」
 心臓がまた跳ねる。つかえながら、覚えているよと返すと、奈緒はじゃあ話が早いやと続けた。
「で、その荻原から、あんたの連絡先知らないかってメールが着たんだけど。教えちゃって大丈夫?」
 私は思わず藤棚のあった方へ目を遣り、瞼を閉じる。瞼の裏で、青く茂った葉と大きな房の花が風に揺れた。あの藤棚は無くなってやしない。確かに、ここにある。
「…うん、大丈夫。と言うか、私に荻原くんのアドレス送って」
 三度目の正直だ。今度こそ、伝えよう。
 興味津々な奈緒の声が電話から漏れ響く。後で話すよと私は笑いながら、校舎のあった方に向かって「有難う」と、心の中で呟いた。



end

企画サイト咲くやこの色様に提出しました。

すいませんなんか色々詰め込みすぎました。意味不明ですいません。

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