足元で石が擦れあう音がする。砂ではなく、すっかり角の取れてしまった石達が広がる海岸。そこに私は立っていた。
 水面によって屈折した初夏の日差しが、海底で穏やかに揺らめいている。
 ふと何気なく足元に目を遣れば、色取り取りの石。この地方では錦石と呼ばれる石だ。かつて殿様に献上されていたその美しい石達の中には、古代の日本人に馴染み深い瑪瑙も含まれている。
 そう教えてくれたのは誰だっただろうか。ずいぶんと昔の事に思える。
 石達の中に白い石が見えた。拾い上げると縞が幾重にも輪を描いている。掌に収まる大きさのそれを日にかざすと僅かに光が透けた。多分瑪瑙だろう。白だと思っていたがやや橙色だったようで、光は柔らかで温かい色をしている。
 何故か太陽に透かした掌を思い出す。石の代わりに自らの掌を日にかざすと、血の流れている証が見えた。父さんとあの女の血が。
 柔らかな午後の風が黒いスカートを揺らす。さぞや大騒ぎになっているだろう親戚一同を思うと、少しばかり愉快になる。不謹慎ではあるが。
 私は握り込んだ白い石を持っていく事に決めた。
 通帳と印鑑――これは我ながら現実的だ――と白い石、そして喪服の私自身。これだけを携えて私は旅立つ。行くあてなんて無い。ただ、ここに思い残す事は一切無い。必要な思い出は私の中に焼き付いているから。

「行ってきます」

 小説のように、父や友の声は聴こえない。それでも私は海に背を向け一歩踏み出した。


end



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