74.飽きる





留三郎×文次郎

※現パロで文次がにょた




 もきゅ、もっきゅもっきゅ。
何とも微妙な擬音を携えて団子を食んでいる目の前の女に、思わず溜息が零れた。
先程から団子片手に算盤を弾いているこの女、潮江文子は実のところ俺の彼女である。
 しかも、前世から。
まぁ、前世ではコイツは女では無く俺と同じ男だったので彼女というには少々語弊があるが。
 一体何バカなことを言ってるんだろうと思うだろうが、非常に厄介なことにこれが事実なのだ。

 今から数百年前、俺達は忍を目指す忍者の卵として同じ学園に存在していた。
俺と潮江文子基潮江文次郎はそこで喧嘩したり勉強したり喧嘩したり鍛練したり喧嘩したりしていた訳だが、どういう訳かその頃の記憶がそっくりそのまま今世まで引き継がれてしまったらしい。
前世の記憶が残っているどころの話ではない。
何しろ、ものごころつく頃には既に自分が何者であり、以前何処で何をしていたか、その時に何を思い何を感じ何を支えに生きて来たのかまで鮮明に思い出していたのだ。
まるで、それ以外の己など有り得ないとでも主張するかのように。

 とまぁ、そんな訳でこの学園に入学してコイツと再会した時には驚いた。
また会えたことにではなく、男だったコイツが女になっていたことに。
あの時代から女と見紛うばかりの美貌を持ち合わせていたコイツと同じクラスの仙蔵ならともかく、よりにもよってなんでコイツが。
 てっきりあの頃と同じ老け顔の男で生まれてきていると思っていたのに、実際には目の隈は健在なもののパッチリとした大きめの瞳と小柄だがそれを感じさせないスラリと伸びた背筋が特徴的な、なかなかの美人になっていたのだ。
そりゃあ驚きもする。
だがまぁ、それと同時にこの上なく嬉しかったのもまた事実だ。
 あの頃にあった同性故の色々な制約が、今はもう存在しない。
ずっと共に在りたいという、あの頃にはいくら願っても叶うことの無かった想いを今世では何の障害も無く叶えることが出来るのだ。
尤も、例えコイツがあの頃と同じように男として生まれていたとしても、俺は躊躇なくコイツの傍に居ることを選んだだろうが。

 今度こそ、絶対に手離しはしない。
コイツに出会った瞬間に誓ったことだ。
あの頃に比べて格段に平和なこの世界で、もう一度出会うことが出来たのだ。
もう、二度と離してなるものかと強く想う。


 もきゅ、もっきゅもっきゅ。
 俺がそんな思考の渦に呑まれている間も、文次郎は此方を振り返ることすらせずに帳簿を睨みながら団子を咀嚼している。
あの頃より幾分か細くなった指は、相変わらず時代遅れなんて言葉じゃ片付けられないような金属製の算盤の上を流れるような動作で滑っていく。
流石にあの頃愛用していた10s算盤程では無いもののその半分位の重さはあるであろうそれは、少なくとも現代の女子高生が使っていていいような代物では絶対に無い。
というか複雑な計算や面倒な決算は全てコンピューターで自動的に処理出来るようなこの時代に、算盤て。
原始的にも程があるだろう。
せめて電卓を使えと思わないでも無いが、まぁ言ったところで無駄だということは判り切っているので今更忠告する気も無い。

「ていうか、さ」

「あ?」

「飽きないのか、それ」

 俺が意味も無く散々思考を空回らせた挙げ句零した言葉に、やっと顔を上げた文次郎が怪訝そうな表情を浮かべて此方を睨む。
今更なことなのは百も承知だが、折角それなりに綺麗な容姿を得られたのだからもう少し可愛げのある表情が出来ないものだろうか。
まぁ、それが潮江文次郎だと言われれば返す言葉は何も無いのだが。

「飽きるって、何がだ?」

 俺の指し示したそれ、先程からコイツが微妙な擬音で貪っている御手洗団子に視線を遣った文次郎は少し考えてからきょとんとした面持ちで俺を見る。
何でそんなことを問われるのかわからないと言わんばかりに瞬く黒目がちな瞳は正直言ってすごく可愛い。
いつもこうなら良いのにと内心思いながら、言葉を返す。

「だって、毎日食ってるじゃねーか」

「は、昨日はこし餡だっただろ?一昨日はきな粉だったし」

「知ってらぁ、その前は蓬だろ。って、そうじゃねーよ」

 俺が言いたいのは毎日団子ばっかり食ってて飽きないのかってことな訳で。
種類が日によって違うとかそういうのは、今は関係が無い。
そう説明してやれば、コイツはますます不思議そうに首を傾げて団子に視線を戻した。

「味が違うのだから飽きる訳が無いだろう?」

「でも結局同じもんじゃねぇか」

「そんなことはない」

 味が違うのだから別のものだとさも当然かのように主張する文次郎にまたしても溜息が零れる。
喩え味が違かろうが団子は団子、同じものには違い無い。
だというのにコイツときたら飽きる様子もなく毎日のようにこの生徒会室で予算の辻褄合わせをしながら控えめな甘さと独特の歯応えを持つそれを食んでいるのだ。
溜息だって吐きたくもなる。

「お前こそ、」

「ん?」

「毎日俺の顔ばかり見てて厭きないのかよ。」

――は?

 俺の態度が気に障ったのかその大きな瞳を不機嫌そうに歪めて紡がれた台詞に思わず間抜けな声が洩れる。
誰が、誰に厭きるって?
一瞬、問われた言葉の意味が本当に解らなかった。

 呆けた表情のまま文次郎を見ると、奴は特に表情を変えるでも無く普段と何ら変わらぬ体でただ此方を見つめている。
その瞳には純粋な疑問以外の感情は特に浮かんでいない。

「文次郎、お前…本気で言ってんのか?」

「あ?あぁ、以前から不思議だったんだ。お前大概モテるのに周囲の女子に全く見向きもしないからな」

「いや、当たり前だろうが!側に数百年振りに会えた恋人が居るっつーのに、お前以外の奴なんて見てられるか!」

 思わず声を荒らげながら、目の前にあった机を叩いて立ち上がる。
 本当に、心の底からそう思った。
俺達がまだ忍の卵だったあの時代、俺がどれだけ苦労して奴を手に入れたのかコイツは知らないのだろう。
でなければそんなことを言える筈が無い。
 本当に、最初で最後の恋なのだ。
たかだか数百年程度で離してやれる程俺の愛は軽くは無いのである。

「あの頃も今も、俺にはお前だけだ。他の奴なんて要らねーし、お前を手離すつもりも無ぇよ」

 絶対に逃がしてやらねーから、覚悟しとけ

 驚きに見開かれた黒目がちの瞳を真っ直ぐに見つめて啖呵を切る。
格好つけてはいるものの、内心では今にも震えそうになる声を必死に叱咤していた。
全く情けない話だが、それも仕方ない。
コイツに関わることで、俺が余裕で居られたことなんて一度も無いのだ。


「……バカタレ」

 幾ばくかの沈黙の後、俺の耳に届いたのはそれが元々は叱責の意味を含む言葉であるとは到底想像も出来ない程柔らかな響きを持ったコイツの口癖だった。
ハッとして顔を上げれば、そこには少しだけ照れたようにはにかんで視線を逸らす文次郎の姿がある。
ほんのりと薄く色づいた頬と僅かに潤んだ瞳が俺の心拍数を跳ね上げた。


飽きる
(そんなこと、千年経ってもあり得ない)





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