66.絆される





伊助×虎若

※鍛練組部屋の設定


 熱い日差しが照り付ける、ある夏の日の午後。
微かに吹き抜ける風が縁側に吊るされた風鈴を揺らして涼やかな音を届ける。
 そんな、暑さを感じさせながらもどこか風流な風景の中に、そんな情景とは全くそぐわない光景が繰り広げられていた。


「お前ら…本当にいい加減にしろ!!今日という今日は絶対に許さないからな!!」

「わぁぁあ!母ちゃんごめんなさい!!」

「あはは、ごめんな。伊助」

「な、何かよくわからないけどごめんなさい!!」


 大量の洗濯物やガラクタ、ゴミ等が積み上がって凄惨な散らかり様を見せている部屋の中。
何故か部屋の真ん中を横断するように出来上がった、そこだけ異様に綺麗なスペースに立って叩き片手に仁王立ちしているのは我らがは組の母、二郭伊助である。
 彼の前には彼の怒りに触れてしまったこの部屋の主である3人が、綺麗に並んで正座している。
右端で情けない叫び声を上げたのが加藤団蔵、真ん中で常と変わらぬ柔らかな笑みで笑いかけているのが佐竹虎若、そして左端で伊助の威圧感に気圧されて半泣きで謝っているのが皆本金吾だ。
 三者三様の反応を見せる彼らを、伊助は溜息を吐きながら一瞥した。
そして、

「金吾」

「…はい!」

「これからきり丸と約束があるんでしょ?行っていいよ」

「え?でも…」

 先程とは打って変わって優しげな口調で放たれた言葉に戸惑ったような表情で伊助を見る金吾だったが、伊助はそんな彼を安心させるように微笑んでみせる。

「コイツらのことは気にしなくていいから、行っておいで。そもそも金吾は謝る必要なんかないんだから」

「え…」

「悪いのは部屋を散らかしたコイツらで、ちゃんと掃除してた金吾は何も悪くないでしょ?ほら、きり丸が待ってるから早く行ってあげな」


 伊助がそう言って部屋の外を指差すと障子の外では見慣れた長髪のシルエットが待ちくたびれたように此方を窺っていて、金吾は思わず立ち上がる。
そして隣の二人を気にしながらも部屋の入口に居た人物、きり丸に連れられて部屋を出て行く。
伊助はそんな彼の姿を満足げに見送りながら、残りの二人に向き直った。
「さて、お前らは休日返上で今から掃除な」

「えぇ!俺も庄ちゃんと約束あるのに!!」

金吾だけずるい!と叫ぶ団蔵に、伊助は容赦無く持っていた叩きをその頭へと降り下ろす。

「うるさい、黙れ。金吾はお前や虎と違って、毎日ちゃんと掃除してただろうが。しかもお前達の場所まで。そんな金吾の努力も知らず散らかしまくったのは何処の誰だ。あぁ?」

「……ごめんなさい」


 決して声を荒らげている訳でもないのに、迸る殺気に気圧されて思わず謝る団蔵。
それでも庄左ヱ門との約束を諦め切れないのか、何ともいえない表情で俯いて視線を床に落としている。
そんな普段の明るさとはあまりにもかけはなれた沈んだ様子を見兼ねて、今まで黙っていた虎若がのんびりと口を開く。


「なぁ、伊助」

「何?」

反論は許さないと言わんばかりの表情で此方を向いた伊助の鋭い視線にも怯むことなく、虎若は言葉を続ける。

「部屋の掃除なら団蔵の分も俺がやるからさ、許してやってくんねーかな」

「……」

「団蔵の奴、今日のデート一週間前から楽しみにしてたんだ。庄左ヱ門だってそれは同じだろうし、今日だけは大目に見てやってくれよ」 な?といつも通りの穏やかな口調で諭すように零された言葉に、伊助は考えるように沈黙した。
ふと団蔵に目を遣れば、本当に楽しみにしていたのだろう、酷く沈んだ表情で此方を窺っている。
そんな二人を交互に見遣った伊助は、一つ溜息を吐いてから言葉を紡ぐ。

「わかった。団蔵、行っていい」

「ほんとか!?」

 途端に勢いよく顔を上げて瞳を輝かせた団蔵に頷きを返してやると、彼は満面の笑みで伊助に礼を言ってから今度は虎若に抱き着いた。


「その代わり、今回だけだからな。今度からはちゃんとこまめに部屋を掃除するんだぞ」

「うん、絶対掃除する!父ちゃん、母ちゃんほんとにありがと!」


 溜息混じりな伊助の言葉に守れない約束で答えながらドタバタと忍者らしからぬ足音を立てて去っていく団蔵を見送った虎若は、軽く振っていた手を降ろして伊助に向き直る。


「ありがとな、伊助」

「全く、虎はあいつらに甘過ぎる。あんまり甘やかすと調子に乗るぞ、特に団蔵が」

「あー、まぁそれもあるんだけどな」

「え?」

 呆れたような伊助の台詞に端切れの悪い返事を返した虎若は頬をかきながら伊助を見遣る。


「実を言うとさ。折角の休みだから、たまには伊助と二人で過ごそうかと思って」

掃除だって二人でやれば楽しいだろ?なんてふわりとした笑顔で言われてしまえば、勝ち目なんかあるはずもなくて。

「さ、さっさと掃除するぞ!」

「あぁ、そうだな。」


今日という日に予定を入れていた団蔵と金吾に心の中で少しだけ感謝しながら、伊助は虎若に手を差し伸べるのだった。



絆される

(やっぱり君には叶わない)




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