5話

 朝起きて、鏡を見る時間が増えた。
 
 髪を伸ばしたこともあって、短かった子供の頃より髪型を変えて楽しむようになったのは少し大人になった気分がして、フェリは朝が楽しくなった。今日の気分はポニーテールだ。頭を振れば、結った髪の束と一緒にレノックスから貰ったエメラルドグリーンのリボンが揺れる。初めてあげた髪留めを喜んだからか、髪型をいじるようになったフェリに気付いたからか、レノックスは誕生日プレゼントやお土産に些細な装飾品を贈ってくれるようになった。
「学校が終わったらレノにも見せに行こ」
 貰ったリボンを今日初めて付けたフェリがそう呟くと、髪を結ってくれた義母は「フェリちゃんは本当にレノックスくんが好きねぇ」と微笑んだ。何度も言われてきたことなのに……最近はなんだか恥ずかしくて落ち着かない気持ちになる。言葉にすることを躊躇うようになった。
 黙って笑みを浮かべるだけで、フェリは精一杯だった。
 
 
「今日はポニーテールなんだ」
 少し年下の女友達に「可愛いね」と褒められて、フェリは満面の笑みで「可愛いリボンでしょ!」とエメラルドグリーンのリボンを摘まんだ。
「あ! もしかしてまたレノックスさんからもらったの?」
「へへ……」
 褒めたのはリボンの前に髪型に対してだったが、フェリの反応ですぐに察した。フェリがレノックスにとても懐いていることは、二人と関わることが多い者にとって周知の事実だった。外見がもし似ていたら兄妹かと誤解するだろうほど懐いていた。
 学校を出たフェリの足は跳ねるように歩を進めていて、束ねられたブロンドの髪も一緒に楽しそうに跳ねていた。
「レノックスさんいい人だもんね……こないだもうちのおばちゃんの手伝いしてくれたみたい」
 恋人がいないならうちのお姉ちゃんとかどうかなんて言っていて。そう言って笑った友人の言葉に足を止める。……そういうことを言われているレノックスは何回か見たことがあった。フェリのパパが魔法使いで、ママが人間だったように、この先レノックスにもそういう相手が出来ても不思議ではなかったけれど……レノックスはいつも、自分は魔法使いだからと断っていた。
「……魔法使いだと、どうしてだめなのかな」
「なに?」
「ううん……なんでもない」
「あー……でもレノックスさんがお兄ちゃんなのも頼りになっていいよね! フェリもそうでしょ?」
 同意を求められて、フェリはきょとんと目を丸くした。お兄ちゃんのように慕っているもんね、と続けられてさらに首を傾げた。
 返事のないフェリに不思議そうな目を向けた友人に曖昧な笑みを返して、別れ道で別れた。肩に掛けた鞄を担ぎ直して坂道を走って下る。危ないよ、なんて掛けられた声に謝って、速足へと切り替えた。
「レノ!」
 目的地で、羊をブラッシングしているレノックスを見つけて大きく手を振る。遠くて顔はよく見えないけれど、あまり表情を変えない友人の口元にほんの少しでも笑みが浮かんでいたらいい。
 
 レノックスのことは頼りにしているし、大好きだけれど、兄のようだなんて考えたことは、一度だってなかった。
 
 (20220502)

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