陰る景色はどことなく寂しい。暗雲が空を覆い始めて、これは一雨来そうだ。だだっ広い部屋の片隅で、窓縁に腕を預けて千石は空を見上げた。流れる雲行きに視線を泳がせ、無音の部屋で小さく溜息を吐き出す。二酸化炭素と化した溜息はすっかり空気に溶け込んだ。ポケットに入った携帯が小刻みに揺れたと同時に流れ出す着信音。画面に表示された名前を見るなり、自然と頬を綻ばせ、通話ボタンを押す。憂鬱そうにしていた瞳に光が宿る。

「跡部くんこんにちは!」

双眸を細め、携帯から聞こえる相手の声音に笑みを浮かべた。他愛無い話をしながら再び空を仰ぐ。いつの間にか暗雲が一面を覆っていて、大きな雨粒が空からぽたりぽたりと落ちてくる。電話口の会話に言葉を返すのも忘れるくらいに空模様がガラッと変わり果てていて、再び溜息を洩らした。

「雨、降ってきたけど大丈夫?出先?…そっか、そろそろ帰るの?」

相手の言葉を聞いた千石の表情は途端に笑みへと変わった。そのまま他愛の無い話を続けていれば、途端に部屋の扉が開かれる。そうして電話越しに千石は彼に告げた。

「おかえり、跡部くん」
「…なんでお前がここに居んだよ、」

えへへ、と小さく誤魔化す様に笑んだ千石と呆れた様に溜息を溢す跡部の視線が交じり合った。ピッと携帯の電源ボタンを押して、千石は耳元から携帯を離した。少し雨に濡れたのか跡部の髪は水を含んでいて、毛先からは水滴がポタッと肩を濡らした。特別言葉を交わす事もなく、千石は再び窓の外へ視線を移せば、先ほどとは打って変わって雨降りは最悪な様子。バケツを引っくり返した様な雨に加え、遠くの空では雷が鳴っているのか空が偶に明るく煌めく。

「…暇だろ、頭拭けよ」
「えー…俺が?本当に俺様なんだから」
「満更でもねえくせに」
「バレた?」

高そうなソファに腰掛けた跡部から投げられたタオルは空気抵抗を受けながらも弧を描きながら千石に渡る。苦笑の笑みを浮かべながらも近寄って柔く頭を拭いて遣れば、気持ち良さそうに双眸を伏せていた。

「お風呂入った方が早いんじゃない?」
「ならお前も入るか?」
「…えっ!」

僅かに動いた唇は艶やかだった。誘う様な瞳もどこか妖艶で心臓が小さく脈打つのが聞こえてきそうだ。返事に困っている千石を一瞥した跡部は肩を竦めると立ち上がり、扉へと促す。

「ホラ、行くぞ」
「(ワガママで自分勝手で、気紛れな女王様にゃんこみたいだけど、)」

(ああ、でも、やっぱり)

「…好きだなあ」

少し湿ったタオルで歪んでいるであろう表情を隠しながら、彼の背中を追った。部屋から出る前に窓から見えた空模様は、俄か雨だったのかすっかり雨も止んでいて夕陽が遠くに見えた。高揚する気持ちを抑えて、軽くなった足取りで足音を軽快に奏でた。



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