@発→←天



相手が(多分)寝惚けていたとは云え、今更になって思い出すと呆れの溜息しか出てこなかった。しかしそれ以来意識してしまう自分も居て、溢れる感情と右往左往する躊躇と、胸に穴がぽっかり空いたような空虚。相変わらずあの人は、よく分からない。

それは朝のこと。護衛についていた俺は、いつも通りに王サマを起こしに窓から侵入する。外は小鳥のさえずりが聞こえて、少しだけ肌寒い。立派なベッドを一瞥すれば、王サマとは思えないほどの寝相の悪さと、口を大きく拡げて寝息を立てる姿はとても滑稽だった。布団を剥がして、寝癖のついた頭をわしゃわしゃと悪戯に撫ぜ、肩を揺らした。艶っぽい息と声を呑気に洩らすコイツに一瞬殺意が沸いたけれど、それ以上に起きている時には見られない愛らしい寝顔につい笑みが溢れる。ターバンを巻いていない幼い顔付きをじっと見ていれば不意に眼を覚ましたみたいで、視線がかち合う。王サマが飛び起きた反動で互いの額が音を立ててぶつかり、額にはお揃いで赤いたんこぶができていた。こんなお揃いは嬉しくない。
あまりの痛さに踞っていると王サマの意識ははっきりとしてきたみたいで「すまんすまん!」と親父臭く軽い口調で謝ってきて、怒る気も失せた(まあ俺っちも悪いんだけど)。身支度は早い王サマは既に衣装を変え、大きい欠伸を洩らしていた。小さく溜息を吐いて、退散しようとしたら王サマは俺を呼び止め、右手で手招きをしている。小首を傾げながら、歩みを進めると突如腕を掴まれ、力任せに引き寄せられた。瞬く間に重なった唇同士からは上手く状況を呑み込めない、躊躇いを含んだ息が洩れた。「よっし、元気注入完了!…煙草、控えたらどうだ?」と嫌味を含んだような口調で言い放つと扉の奥へ消えていった。俺っちの頭には疑問符が多く浮かび上がって、右手の指先で唇に触れた。途端に頬が赤くなったのを隠すように両手で顔を覆った。