何故かスッキリした筈の心はモヤモヤしていた。きちんと決めた事なのに、封神覚悟で挑んだのに、「離れたくなかった」と言ったら、怒られんのかな。…よく分からない。



はっとして胸に手を当てたら、先ほどまで流れていた血は無かった。封神されたと悟るには十分で、辺りを見渡したら見慣れない風景。黄天化、と印された案内板に溜息が洩れた。

「…墓場かっつの」

ハイテクな作りの封神台には線路が敷かれており、目を凝らせば点々と停留所があるのが見える。姿や名前までは見えないが、かつて戦った敵であったり、或いは師弟であろう。
火を付けた煙草の煙を胸一杯に吸って、吐き出した。苦い味は、今の胸の気持ちにそっくりだった。今度は静かに煙を吸ったら、静寂に似た閑散とした何かに捕らわれる。それがモヤモヤとした心と確信するには時間は要らなかった。自然と涙は溢れず、溜息が洩れた。そんな時に、列車に似た騒がしい音が段々と近付いてくる。それは目の前で止まり、現れたのは、予想内の人物だった。訪ねてくる人は、限られているのだから。

「久しぶりさね、コーチ」
「…相変わらずだな、天化」
「へへっ、急に変わるのも変さ?」
「そうだなあ、…安心したぞ」
「ん」

続く戦いから解放された心は軽かった。魂魄となった今でも、止まらなかった腹の傷の痛みの感覚は消えない。況してや、包まれた温もりさえ中々消えてくれないから、モヤモヤがいつまで経っても無くならない。それをコーチに話したら、「バカだな」と一蹴された。こっちは真剣なのに。その温もりに触れるのは無理だとしても、それを望んでしまうから余計に虚しくなるのは分かっているけれど、忘れる事は無理に等しかった。

「…なんつーか」
「うん?」
「離れないと色々と分からんさね」
「…怖いのは嫌われるよりも、忘れられること」
「そう、それ」

柄にもなく盛大に溜息を吐くと、くしゃりと頭を撫でられた。それは、発に撫でられるものとはまた違った、オヤジに撫でられる感覚と同じもの。それを振り払う様な素振りを見せるも、コーチの柔らかい笑みを見たら自然と笑みが溢れた。やっと、笑えた。

「お前が覚えてれば、それで良いんだよ」
「…コーチには敵わねえさ」

初めて、ここに来て空を見上げた。あっちの空模様は夕方だろうか。何も見えない天に、煙を吐き出して自らに問い掛け、空に言葉を返した。

「幸せ、だった」