脈打つ鼓動は残酷だ、抵抗など知らずに過ぎる時間も残酷だ、と彼は言った。彼はその平穏さを求めているわけでもなくて、また時間を欲しているわけでもなかった。「俺には君が必要だ」、その理由と真相はわからなかった。付き合って気付く、心の脆さは直ぐに理解した。彼は愛に飢えてるんじゃない、ただ寂しいだけなんだと。

握り締めた携帯が指す時刻は、23時半を告げていた。普段の夏の夜は蒸し暑いのに、今日は風も有って涼しい。秋も近付いている予兆なのかも。思わず欠伸が洩れる。窓から見上げた空はうっすらと明るい夜空の中で、星が幾つも瞬いていた。
千石さんと出会ってからはそんなに日は経っていない。最初は試合の対戦相手だったし、選抜にも選ばれたと云う彼に勝てたことでちょっとした優越感が有った。そんな時に悔しい表情を浮かべながら、彼は話し掛けてきた。次は負けないと云った言葉、そして友達になりたいと、俺だけに見せた、切なく笑ってみせた彼の表情。単純な俺を惹くには、充分過ぎた。
付き合うまでに時間は掛からなかった。俺も、きっと千石さんも本気じゃない。それでも会う度にくれた体温に嘘は無かった。
途端に強い風がカーテンを揺らす。手元の携帯に視線を移すと、0時、五分前。彼は俺の誕生日を知らない。知らないのに期待してしまうのは、いけないことだろうか。
目蓋を伏せて己の鼓動を聞いた。部屋の片隅でリズムを刻む目覚まし時計の秒針も耳に入ってくる。彼の言葉はまさにこれだと思った。鼓動の音も、秒針を刻む時間も、淡い期待とは裏腹に無知で「残酷」だ。暫く双眸を閉じていたら、携帯がメール着信を告げる。多分、伊武や橘さんからのお祝いのメールだろうな、と思って目蓋を抉じ開けると同時に4件のメール受信。時間は日付を越えた。受信メールの一覧を見て、見慣れた名前に安堵の息を洩らす。そしてまた、1件受信する。その差出人に一瞬息が詰まった。そこには「千石清純」の名前が確かにあったからだ。

『生まれてきてくれてありがとう。"33322"!』

残された暗号。携帯のキーへと視線を落とす。暗黙の了解で成り立っていた関係が、崩れた。先に"それ"を言った方が、負けだと。鼻の奥がツンと痛くなるのを無視して、一目散に一階へと続く階段を掛け降りた。玄関の重たい扉を開けると、少し先にオレンジが見えた。暗闇に浮かぶ、オレンジなんて彼しかいない。

「…時間は、残酷だった?」

独特な高い声音を聞くなり、我慢していた涙がボタボタと溢れ始めた。彼の肩に頭を預けて、求めていた体温を無理矢理欲した。

「アンタのお陰で、幸せだよ…ッ」

祝われないと思っていた矢先の祝いと暗号に、今は鼓動の音も秒針も聞こえない。今となっては、双眸を閉じて千石さんの事を考えていたあの五分間が愛しくて。
脈打つ鼓動も、そのリズムが気持ち良くて。止まらない時間は、成長をもたらして幸福を与える。彼は残酷と罵ったけれど、そんな彼からそれを教わった。

「ラッキー千石が、お祝いに来ました。…神尾くん」
「ん、…ありがとーございます、」



(恋人同士に残酷は要らないでしょ?)



神尾アキラ happy birthday!
20110826