うっすらと暗い部屋の中で真上に在る彼の表情はよく分からない。時刻は既に丑三つ時を過ぎ、窓から見える空は月明かりで僅かに明るく見えた。それでも夜は更けたばかりだ。 埼玉と神奈川。同じ関東圏でも中学生の俺らには苦しい程の距離感が有った。好き合っていても中々会えない焦れったさに加え、次第に心が離れてしまうんじゃないかと云う焦燥感。幼い俺からしたら正直、愛とか恋とか、嫉妬ってよく理解していない。ただ一緒に居て、楽しいとは違った照れにも似たドキドキする気持ちだとか、楽しそうにチームメイトの話をするその表情に知らない貴方が居るんだなっていう焦りに似た羨望の気持ちはこの人にしか抱かない。 久しぶりに会った彼は相変わらずだった。堅い表情の奥に見える僅かな微笑みも、双眸を細めて俺を見遣る視線に愛しさが籠っているのも相変わらずで、安心した自分がいる。今日は彼の家に泊まりだ。彼の両親はいない。 「梶本さん」 名前を呼ぶと、俺の頬を撫ぜる指先の動きが止まった。触れられていた頬は熱帯びていて、多分紅く染まっているんだと思う。寝る準備をして布団に潜り込んだら、今まで見たこと無いような表情の梶本さんがいて、気が付いたらベッドに押し付けられていた。疎くて鈍い俺でも、流石にこの状況は嫌でも分かる。それから時間は過ぎ、唇に一瞬間のキスを落とされただけで進展は無かった。梶本さんの表情には躊躇の色が滲み出ているのがはっきり分かった。幾度か言葉を発しようと唇が薄く開くも直ぐに閉じられてしまう。 「…悪い」 「なんで、謝るんですか」 この人は口下手だし、いつも何か考え込んでいるのか部長らしかぬ行動をよくとる。多分それは俺の前でしか見せないんだろうけど一瞬切ない表情を浮かべるのを見付けてしまってからは、気になって仕方がなかった。俺と居るときは、遠慮がちで気遣っているのがよく分かる。でもそれが愛しくもあった。 「梶本さん、焦ってもイイことありませんよ」 「…そうだな、悪かった」 「だから、謝んないでよ」 震える梶本さんの指先をそっと握ればひんやりと冷えていた。刹那、降りかかってきたのは安堵の篭った溜息で目尻を下げて薄く笑う梶本さんの表情は例えようがないほど、キレイだった。その表情に笑みを返せば、今度は唇が降ってくる。額、目蓋、頬へと落とされる口付けは甘ったるいくらいで、擽ったいのにものすごく幸せだった。首筋に伝う生温いざらついた感触に鼻に籠る熱い息が洩れ、首筋に咲いた紅い痕は、欲と愛に塗れた。 「貴久さん」と呼べば、それを聞いた彼は唇を貪った。 |