――くら、!

遠い遠い記憶が脳内を駆け巡る。ふわふわ、ふわふわ。これは、確か幼稚園の頃やっけ…。曖昧な記憶の中に、淡い栗色の髪の毛の男の子。

――けんや?
――えっと……、!
――うん?

双眸いっぱいに映った彼の姿は幼稚園の頃の、幼い姿の侭で。わたた、と慌てる素振りも、いざとなると目の前で黙り込んでしまう昔からヘタレな姿も、謙也そのもので。不意に笑顔になる姿も、転んで涙を流す姿も、照れてる姿も、頑張ってる姿も、全てが今の謙也で。昔から変わらない、俺の大好きな謙也の姿で。

――ず、ずっと…
――…?
――俺の傍に居って!

言った途端に顔を林檎みたいに真っ赤にさせ背を向け走っていく謙也の姿が離れていかない、フラッシュバックされては永遠とリピートを繰り返し、脳内は謙也で一杯になるわけで。閉じていた目蓋をゆっくり開けば、眩しく入り込む光の眩しさに思わず再び双眸を細める。ぱこん、ぱこん。テニスボールのガットに当たった時の音がやけに気持ち良くて。

「しらいしー、何寝てるん」

空気、そして己の鼓膜を振動させた誰かの声音は自然と胸の鼓動さえも早くさせた。ジリジリと照る太陽のせいなのか、分からないが微かに頬が火照って熱い。きっと、ピンク色の頬をしているんだろうと、嫌々ながらも声のした方へ身体を向ける。

「寝てへんわ、ヘタレ」
「白石がヘタレ言うな!エクスタシー!」

"白石"。分かってはいながらも六年間、離れていたからか、幼稚園の頃みたいには呼んではくれない。そりゃそうか、いつまでも子供やあらへん。そうは思っても、やるせなさと虚しさに支配され思うように謙也を直視出来ない。只、訳が分からない感情が自分の中で渦巻いて、渦巻いては平穏に戻って。

「…くら」
「え…?」

空洞だった心が満たされた気がした。否、只の聞き間違いかもしれない。しかし、確実にさっきより胸の鼓動は早くなって、思わぬ言動に謙也を直視している事が、確かな証拠。

「…もっかい」
「くら」

暖まる身体はきっと暑さのせいじゃない。

「くら。これからも、俺の傍に居って?」

昔とは違って、無邪気さは残りつつも。一段と格好良く逞しくなった彼に、言われたら首を縦に動かすしか無かった。



(おれがいまわらっていられるのは)(きっと)(きみがいるからなんだ、)