「んーっ、絶頂!」
「ユウジ先輩」
「浪速のスピードスターっちゅー話や!」
「ユウジ先輩」
「しゃーないっすわ」
「ユウジ先輩」
「あああ!もう何やねん!」

目の前に広がる光景は、最早疑問符が浮かぶ程不思議な光景ではないが、事情と云う内部事情を知らない限りは不審な光景と認識されても可笑しくはないだろう。とある日の部室、二人きりの密室、ユウジ先輩は目の前で物真似大会を始めて、俺は椅子に座って机に頬杖をついてただ時間が流れていくのを待っていた(かったるいけど一緒にいられるなら良いや、なんて思ってみたり)。さっきから物真似を連発しているがそんなのは全くの意味皆無状態で、瞳にユウジ先輩を映している以上はユウジ先輩以外に見えるはずがない(物真似しようがやっぱりアンタの声しか聞こえない、見えない)。

「物真似むっちゃ下手くそ」
「死なすど」

せんぱいの物真似を練習する必要性が分からない、雌伏でもする気なのか。大体物真似で雌伏なんて阿呆らしい、芸人気分ですか。稚気なところがまた可愛いんだけど。そして未だに一人で馬鹿みたいに物真似を続けるユウジ先輩が放っておけなくなる上に、たぶん俺が居ないと誰もこの状況に付き合ってはくれないんだろうな、と云う優越感に浸るのもたまには良いかと思っている自分が嫌になりそうになる。

「…せや!目隠ししよか!」
「はあ?」

意味深な言葉と共にいきなり近寄ってきて、俺に対して目蔭の行動を取ったと思いきや気付いたら視界は閉ざされて、嗅覚が敏感になると微かにユウジ先輩の匂いに包まれている錯覚を起こした。目元を指先でなぞれば、ざらりとした布の感触(たぶん、先輩のヘアバンド)。相手の意図が見えないまま視界を奪われ、再び物真似の声が聞こえてきた。

「ひかる、」

視界が閉ざされただけで聴覚を通じて伝わる声音に無意識に身を震わせた。なんて、怖いものなんだろう、と。鼓膜を揺らしたのはユウジ先輩の声じゃなくて、確かに謙也さんの声で、視界が閉ざされただけでこんなにも本物に聞こえると、凄い、と云うよりも恐怖が勝っていた。ユウジ先輩だと頭ではしっかり認識しているのに、つい騙されてしまいそうで無意識に首を左右に振った。お笑いとかそんなの冗談抜きで、不安で不安で仕方がない。

「…ひかる、すきやで」

どこまで追い詰める気であろうか。相変わらず聞こえてくる声は確かに謙也さんの独特な声音で、発する言葉は現実的には有り得ないもので(第一アンタに好き、なんか言われたくない)、実際この状況に何故なったのかさえ、忘れてしまいそうで俺の頭は混乱状態に陥っていた。

「……ちゃう」
「え」
「おれはユウジ先輩がすき」

しん、と静まり返る空気は余計に緊張感を膨張させた。無意識に口走った言葉は自分を素直と認識させるには充分な言葉で、今更になって後悔の二文字が頭の中を駆け巡る。そしてパンクを繰り返す上手く働かない脳内で試行錯誤をしようと思いを巡らせていると、不意に暖かく、まるで壊れ物を扱うかの様に優しく誰かの温もりに包まれる。誰か、なんか分かりきっている事で、視覚の代わりによく働く嗅覚が確信付けた。ユウジ先輩の匂いに包まれ、自然と目隠しをされている中で双眸を閉じて、両手を相手の背に回してぎゅう、と抱き返した。

「おれも、すきや」

この人は、ずるいと思う。そしてたぶん、この人に勝てる日なんて無いと思う。こうやって俺を試して、ユウジ先輩の元から逃げないように見えない鎖で繋がれて、視界を閉ざすのは俺の双眸に他の人を映させたくはないと云う先輩の独占欲だったり。振り回されようとも、不安になればなるほど、逃げたくなくなる。自惚れだろうが、惚気だろうが、先輩に愛されてる、と胸を張って言える。俺が、先輩を愛するように。そっと目許に添えられた先輩の指先が視界を閉ざしていたヘアバンドに触れ、前髪を巻き込むように上に上げられ不意に双眸を刺激する眩しい光が目蓋を開けるのを妨げた。

「ひかる」
「……は、はい?」

名を呼ばれ目蓋を半ば無理矢理に抉じ開けると、柔らかい笑みを浮かべた先輩がいた。俺の好きな姿の侭でいてくれた。



(さて、帰ろか)(…アンタは何をしたかったんですか、!)


氷雨のふる夜さまに提出。