首筋に歯を突き立ててやると、わたしを緩く抱きしめていた身体がびくりと震えた。いてェよ、と呆れた声が耳に吹き込まれる。わたしを包むぬくもりは変わらなかったので、何故か妙に安心してゆっくり口を離した。歯型は残ったけど血は出ていない。触れるだけの軽いキスを落とす。シャツ越しに伝わる温度が少し高くなって、息が苦しくなった。

「どうしたんさ」
「ちょっと噛んでみたかっただけ」
「…おまえは吸血鬼か」
「やだ、クロウリーじゃないんだから」

それに血の味はすきじゃない。苦笑しているであろう彼の背中に、ぶら下げていた両腕を回す。力を入れると今度はわたしが噛み付かれた。痛くはないけど、ラビのふわふわした髪が当たってくすぐったいので身をよじる。また息が苦しくなった。服越しで背中を引っ掻くと、不意に身体が右に傾ぐ。二人で身体を投げ出したベッドには、わたしの知らない言葉で綴られた本が一冊。それを無造作にベッドの下へ放り捨てたラビの手が、ふわりとわたしの頭に落ち着いた。シーツに散らばった髪を長い指が梳いていく。あんまり気持ちいいから、融けてしまうなんて馬鹿みたいなことを考えた。

「ねえ、ラビ」
「ん?」
「ピアスはちゃんと持って行ってね、着けろなんて言わないから」
「…ああ」

顔は見えないけど、ラビはきっと笑ってる。最初に会ったときの仮面みたいに貼り付けたやつ。去年の誕生日にあげた銀のピアスは、いま彼の耳に着いていなかった。置いて行かないでね、後で捨ててもいいから。残されたら、苦しくなるから。そんなふうに思うわたしの心を、ラビは多分わかっている。だから笑ってると思う。こいつは苦しいとき、笑う奴だから。

「なあ、」
「なに?」
「…後悔、してない?」
「してないよ」
「なら、良かったさ」
「うん、ありがとう」

短い言葉の応酬が至近距離で交わされる。もう目は閉じていた。包んでくれるあたたかさは、きっと次目覚めたときには冬の冷気に消されてしまっているのだろう。それでも、良かった。

「ラビ、わたしはラビのこと、すきになれて幸せだったよ」
「…俺も、幸せだったさ」

意識が闇に引きずられていく。いい加減抵抗するのは諦めた。だってもう丸四日寝ていない。それでも閉じた瞼の隙間から滲み出す水滴に、明日は目が腫れているだろうなと思ったら少し悔しくなった。抱きしめる腕を少しだけ強くする。瞼に、頬に、額に、唇に、乾いたぬくもりが触れた。ああもう、限界。一筋だけ流れた涙がシーツに染み込んだとき、わたしはついに眠りに落ちた。





目を開けるとやっぱりベッドには一人だった。瞼も腫れて重くて、それでも涙は溢れて溢れて止まることを知らないようだった。声も出せないまま、おさまるまで馬鹿みたいにひたすらボロボロと頬を濡らし続ける。ふと左手を見ると、薬指のペアリングが消えていた。代わりに首に華奢なチェーンが一つ。通されているのはラビが付けていた方の大きいリングで、きっとわたしのはあいつが持って行ったんだろうなって思ったらまた泣けた。
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