ざかざかと音を立てて夜の森を歩く。たいして中身のないあたしのリュックを背負う犬夜叉の歩幅はいつもより小さかった。あたしに合わせてくれているんだ、と思ったら引っ込んでいた涙がまた滲む。腕を掴まれているから距離は近い。なのにあたしは、さらさらと揺れる銀色がどうしようもなく遠く思えた。

「…いぬや、しゃ」

名前を呼ぶ。本当に本当に小さく、しかも泣きすぎて掠れたか細い声で。聞かせる気はなかったのに、やっぱり彼は気づくのだ。ふたり同時に足を止める。裸足の爪先が振り返るのが、俯いた視界の隅に映った。

「…なんでい」
「…ごめん、迷惑かけたね」
「別に…」

たいしたことじゃねえ、と続けようとしたのだろうけど。それはそれであまり良いことではないとでも考えたのだろうか、それきり彼は何も言わない。今日の犬夜叉は優しすぎる。優しすぎて、痛い。





あたしはかごめより遅くこっちの時代に迷い込んだ。井戸を通った原因は、何故だか肩に埋め込まれていた四魂のかけら。かけらを妖怪に喰いちぎられた後、あたしはかごめと違って井戸の向こうに帰ることはできなかった。
かけらの気配は追える。破魔の矢も使える。だけどあたしは桔梗には似ていないし、かごめより優れているところなんてひとつも無かった。行き場が無いから一緒に居させてもらえるだけで、本当はあたしなんて必要ない。かごめさえ居れば十分。そうわかっていたのに、うっかり恋心なんて抱いてしまったあたしが愚かだったのだ。

「……要らない、とか、言うんじゃねえよ」

不意に静かな声が耳を侵す。今度は叫んで遮ることなんてできやしなかった。手首を握られる力が微かに強まる。彼が必死で言葉を選んで話す姿など初めて見た。きっと誰も見たことのない犬夜叉。だけど一度決壊した感情はそう簡単には収まらなかった。

「だってあたしが居なくてもかけらは探せるじゃない。霊力だってかごめの方が強いし、そうでなくたって優しいし度胸あるし美人だし。あたしがかごめに敵うところなんてひとつも無い」
「敵うとか敵わないとかそういう問題じゃねえだろ」
「そういう問題だよ」

はっきり言いたかったのに、声が震えて泣いているみたいになってしまう。ぎりぎりのところで留まっていた涙を袖で拭って顔を上げた。困惑の色を浮かべた金の瞳としっかり視線を絡めて言葉を紡ぐ。もう泣かないと決意を込めて。

「あたしは犬夜叉がすきだよ。だからかごめ以上に想えないなら、大事だなんて、要らなくないだなんて言わないで」

何か返そうとして、でも何も言えない様子の彼を見て、たった数秒前に誓った決意が崩れかける。慌てて掌に爪を立てて熱をやり過ごし、あたしは数分前と同じように、ごめんね、帰ろう、と呟いた。繕った表情が上手く笑みの形になっているかは、わからないけれど。
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