「最っ低!」

甲高い声が響いた後、パン!と空気を切り裂くように鋭い音が鼓膜を揺らす。造ったような気持ち悪い泣き声とともに、名前もクラスも知らない女の子たちは曲がり角の向こうに走り去って行った。

「…いった…」

まったく今日はツイてない。盛大な溜息をつくと、叩かれた頬が脳にじんじんと熱を孕んだ痛みを伝えてくる。ずるずると座り込んで患部を廊下特有の冷たい壁にくっつけ冷やしながら、ぼんやりとさっきの人達を思い出す。こんなふうにくだらない理由で呼び出されるのには慣れている。けれど叩かれたのは初めてだった。計算を溶かしてできたように汚らしい涙を零したあの子は、誰がすきだと言っていたっけ。

「…何してんすか、先輩」
「……ああ、そうだ、今日はアンタだったわ」
「はあ?」

すずき、と気まぐれに名前を呼んで手を伸ばす。嫌そうな顔をしながらもちゃんとそれを掴んで引っ張り起こしてくれる彼はなんだかんだ優しかった。赤く腫れたわたしの左頬を見て眉を顰める、そんなところも。

「どうしたんすか、それ」
「ひっぱたかれた」
「誰に」
「知らない子」
「何してんだよ…」

盛大な溜息をついて、彼はわたしの手を掴んだまま誰もいない廊下を歩き出す。どこ行くの、と問うと保健室と返された。

「ひとりで行くよ、もう授業始まっちゃうよ?」
「いいっす、どうせ平介のサボりに付き合わされるから」
「…あの子進級できんの?」
「俺に聞かないでください…」

見なくてもわかる。きっと今の鈴木の顔は般若のように怖くて、でも平介のことが心配だから真っ青だ。考えたらなんだか笑えてきて、必死で声を噛み殺しながら彼の手から腕を引き抜く。振り返られる前にしっかり繋ぎ直すと、わたしより一回り以上大きい骨張った手がぴくりと動いた。そのまま数歩進んでから、振り払われないことに小さく安堵の息を漏らす。保健室なんて永遠に着かなければいいと思った。







鈴木をすきなのだと、あの子は言った。だからあなたみたいな男好きが近づかないでと。あんな馬鹿みたいな噂を信じきっている女子たちが鬱陶しくて堪らなかった。だけど彼女たちが造った泣き声より気持ち悪くて、計算しつくされた涙より汚らしいものをわたしは知っている。鈴木に甘えるわたし。嘘で塗り固められた噂なんて気にしない、優しくて無表情な後輩をすきになって、でも絶対にその想いを伝えないと決めた、わたしはきっと誰よりも気持ち悪くて汚らしい。
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