「しろいね」

ふいに小さな声が聞こえて顔を上げると、俺と同じように本を読んでいたはずの彼女がいつのまにかこっちを見ていた。傍らに積まれた本は七冊。一番上に彼女のお気に入りの栞が置いてあるから、きっと読み終わって暇になったのだろう。何が、と聞き返すと細い指がまっすぐに俺を指した。

「右腕」
「ああ…ずっと陽に当たってなかったしな」
「あたしより細いんじゃないの?」
「いやいやそれはない」
「どうだか」

にひ、と子供みたいな笑い方をして、彼女は自分の右腕の袖を捲る。傷だらけの肌はさすがに俺のそれほど不健康な色ではないけれど、やっぱり人造人間やら何やらと戦ったやつの腕にしてはあまりにも細いと思う。案の定、正面にぺたりと腰を下ろして俺の腕に自分のをくっつけた彼女はつまらなそうな顔をした。

「くっそう…アルの分まで栄養とって豆粒だったんだから、腕ももやしだと思ったんだけどなあ」
「うっせえ豆言うな!言っとくけどなあ、これでもだいぶ身長伸びてんだぞ!」
「…ええ…」
「なんだよその疑いの眼差しは」
「だってブリッグズに行ったときはあたしとそんなに変わらなかったじゃん」
「いーや俺のほうが高かった」
「厚底とアンテナのおかげでしょ」
「ちげーよ!おまえちょっとそこに立て!」

言われっぱなしは性に合わない。けれど、だるそうな彼女の手を引いて無理やり立たせてから気づく。座っていた位置でそのまま立ち上がった彼女の顔は、思ったよりずっと近くにあった。至近距離で長い睫毛が瞬く。勢いだけで馬鹿なことをした数秒前の自分を殴りたくなった。心臓が騒ぐ音が聴こえたらどうしようとか、そんな女みたいなことを考えてる今の自分も。
つい黙り込んだ俺をよそに、彼女はなにを考えているのかよくわからない無表情で見上げてくる。沈黙に耐えられなくなっておそるおそる名前を呼ぶと、さっきとは違う、やわらかな笑みを浮かべた。

「…ほんとだ、エド、おっきいね」
「だっ、だろ?」
「うん、びっくりした」

てっきり拗ねるかと思ったのに、彼女は小さく笑ったまま俯いて、そっと俺の右手と自分の手を繋いだ。胡桃色の髪が細い肩をすべり落ちて俺の目から彼女の顔を隠す。見えないところで絡められた指に、あたたかいしずくが触れた気がした。

「アル、まだ病院だし、左足も、戻ってないけど。だけど、おかえりって、言ってもいいのかな」

かすかに震えた声に鼓膜を揺らされる。思わずぴくりと動いた指先を、またひとしずく、涙がぬらす。彼女が泣くのを見るのは初めてだった。うなずきかけて、でも彼女にはわからないのを思い出して、空いた左腕で小さな身体を抱きよせる。近づいた耳元でささやいた言葉に、ふたりで小さく、声を上げて笑った。


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