やっぱり失敗だったかな、と暑さに茹だった頭でぼんやり思う。指先に乗せたラメ入りのマニキュアは黄色。見た目の可愛らしさと値段につられて購入したそれは、あんまり発色が良くなかった。よく考えずに手を出した昨日の自分が恨めしい。小指で安っぽくきらめく星型の銀が、心なしか申し訳なさそうにしている気がした。

「帰んねーの?」

ふいに聞こえた声に顔を上げると、わたしのチープな爪の色とは似ても似つかない、綺麗な金色と目が合った。不思議そうにわたしを見下ろすエドの右手には、一階の自販機で大量に売っている赤いコーラの缶。いいなあ、と半ば無意識に声が出る。炭酸は苦手だから飲めないけど。

「いる?」
「炭酸は嫌いだってば」
「おまえ絶対、人生の半分は損してるぞ」

渋い顔をして、エドはわたしの前の席にどかっと腰を下ろした。窓から差し込む日光が瞳とおんなじ色の髪に当たるから、それを見ているわたしは眩しくてしかたがない。それでも俯くのはなんとなく嫌で、目を灼いてしまいそうな光をこらえて口を開く。

「炭酸ごときで?そんなもの、ただ甘ったるい水に二酸化炭素入れただけじゃん」
「馬鹿野郎、炭酸を笑うものは炭酸に泣くんだぞ!」
「知ってる?炭酸って骨が溶けるから背も伸びないんだよ?」
「そっ…それはただの噂だろ!信憑性が皆無なものは信じん!」
「火のないところに煙は立たないって言うよねー」
「うるせーよ!」

頭は規格外に良いくせに、エドは身長絡みのやり取りになると結構弱い。それをわかってて仕掛けるあたりわたしもなかなかいい性格してると思うけど、こればっかりは楽しくてやめられないなーとついにやけた。苦々しく顔を歪める彼は、たぶんわたしが何を考えているのかわかってる。

「…んで、おまえは帰らないのかって聞いてんだけど」

このままやり合っても勝ち目がないと踏んだのか、いきなり話題を変えられた、というよりは本題に戻された。黒板の上に掛かっている時計に目をやると、正午を少し過ぎたところ。長針は講習が終わった時刻から正反対の位置にいた。

「あれ、もうこんな時間?」
「今まで何してたんだよ」
「ぼーっとしてた」
「…それはボケてるのか?」
「残念ながら本気です」
「じゃあ別に用事あるわけじゃないんだな?」
「うん」
「だったらマックでも行こうぜ。俺めっちゃ腹減った」

そう言って席を立ったエドの言葉に頷きかけて、そこでふと小さな違和感に気づく。どうしてエドは今ここにいるんだろう。部活なんて入ってないはずだし、忘れ物を取りに来たような感じでもない。

「…まさか、わたしのこと待っててくれた、とか?」
「げほっ!」

いやいやそれはないか、と思いつつうっかりもらしてしまった呟きに、予想外に大きい反応が返ってきた。どうやら飲んでいたコーラが気管に入ったらしい。涙目でげほごほ噎せるエドの顔は、コーラのせいかわたしの言葉のせいかわからないけど、人間の顔色としてはまずいんじゃないかと心配になるほど真っ赤である。とりあえず立ち上がって背中をさすってやると濡れた瞳で睨まれた。全然怖くなくて、むしろ馬鹿だなあとか可愛いなあとか思って笑ってしまう。

「ねえ、ほんとに待っててくれてたの?」
「…悪いかよ」

ようやく落ち着いたエドは、今度は半笑いのわたしから視線を逸らしながら憮然とした表情で言った。全然、と答えてごつごつした骨っぽい手を握ると、そっと指を絡められる。ちょっとひんやりしている掌が気持ちいい。

「待たせたお詫びに、シェイクくらいなら奢ってあげるよ」
「そりゃどーも」
「それとも牛乳がいい?」
「てめえ殴るぞ…あ」

ちっとも中身のない会話を交わしながら教室を出たところで、ふいにエドが立ち止まった。引っ張られてわたしも止まる。何か忘れ物でもしたのかと思って見上げると、彼はふたりで繋いでいる手を凝視していた。わたしが何か言う前に、こっちを見て面白そうに笑う。

「可愛いな」
「…え?」
「爪。黄色って俺の色じゃん。なんか気分いい」

さっきまでからかっていた相手にそんなことを言われて、今度はわたしの顔が変色しそうだった。慌てて俯いて顔を隠す。じゃないと今度こそ、きらきらに灼かれてしまう。見えないところで指先に落とされた唇にもどうにか耐えた。

「俺のもの、って感じ」
「…馬鹿じゃないの」

悔し紛れに吐いた暴言に勢いがないことは自分でもわかる。楽しそうに笑うエドの声に混ざって、しゅわしゅわ炭酸の弾ける音が聴こえた。


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