Just for you D




後輩執事に肩を押され、ガロットは一歩前と踏み出した。
目の前には椅子に座り、興味深そうにこちらを見上げる己の主の姿があった。
ガロットは視線を一瞬泳がせながらも、懐から白い薄手の紙に丁寧に包装されたプレゼントを取り出す。そして腰を落とし、ベルホルトより目線の高さを落とすとそのまま静かに差し出した。
こういった、個人で物を送るという事柄にあまり慣れていないからだろうか、表面では取り繕ってはいるがどこか落ち着けないでいた。


「……その、こういったものを選ぶのはあまり慣れておらず……主様のお気に召して頂けるかどうかわかりませんが」


ガロットが不安げにそう呟きながら主を見上げると、どんなものでも構わないさといわんばかりの柔らかな笑みが返ってきた。
その表情を崩さぬままにベルホルトがラッピングされた包みを解くと、中から出て来たのは銀糸で編まれた手袋だった。


「これは、手袋か?」
「はい。騎士の勤めの際に剣を握られますし、乗馬の際にも手綱を持たれますのでお手が傷つかないようにと思いまして……それと、」
「……それと?」
「……いえ、ただ、お怪我をしないようにと願いを込めております」



(それと、魔が、近寄らぬようにと)


そう続けようとした言葉を結局止めて、己の中に飲み込みガロットは頭を下げた。
銀を使用したそれならば僅かながらも魔除けにはなる。そういう思いも込めて用意したものだった。
そう。ガロット自身からの、魔除けも込めて。



「……ありがとう、勤務の際に身に着けさせて貰うとするよ」



ガロットの真の思惑には気付かぬまま、プレゼントされた手袋を撫でベルホルトは笑みを浮かべた。
そして空いている方の手を伸ばして目の前で頭を垂れている執事の肩をそっと叩く。


「……はい、是非に」


その掌から肩に熱がじわりと伝わる。
己が思いを寄せている者の暖かさを感じ、優しさを感じて。
先程まで微かに表情を曇らせていたガロットの顔にも、仄かに笑みが浮かんだ。



「ガロットも、シャンも。二人とも有難う」
「へへっ、主様に喜んで貰えたなら嬉しいっす!」
「私もシャンと同じ気持ちです、主様。……しかし、もう外も暗くなってしまいましたね」
「……そうだな」


ガロットが立ち上がり窓の外を見ると、もう日は完全に落ち星が輝き始めていた。それに続くように視線をやったベルホルトの瞳は、普段就寝時間が早い上に今日の疲労やシャンパンを飲んだ事もあり、既に薄らと眠たげである。


「うーん、じゃあ寂しいっすけどそろそろお開きにしましょうか。頼んでおいた馬車ももう少ししたら来ると思いますし……あ!俺今日は家の片付けがあるんで二人で先に帰ってて下さい、明日の朝には戻りますんでー!!」
「そんな、私も手伝うぞ?」


そう告げたベルホルトの言葉に対して、シャンは笑顔で首を横に振り断った。


「駄目っすよ主様は明日もお早いんですし!俺ならだいじょーぶですから!先輩、主様のことお願いしますねー!」
「……貴方に言われなくても分かっております」


ガロットも複雑な心境ながらそう言われてはこう返答する事しか出来ず、やや苦い顔をする。こうして共に計画を練ってくれたというのに置いて帰るというのはあまり心地の良いものではない。しかしその思いとは裏腹に表ではどうやら馬車が到着したらしく、ドアのノッカーを叩く音が家に響いた。
ガロットは後輩執事の心配をする己の主の背中を押して、シャンに「明日の明朝までには必ず帰ってくるのですよ」と告げた。そのまま玄関の扉を開くと同時に、背後からはシャンのいつも通りの威勢のいい「勿論っす!」という返事が返ってきた。


その元気な声を聞いた二人はお互いの顔を合わせ、そして眉尻を下げながら困ったように笑い合った。





それからすぐに乗り込んだ揺れる馬車の中でうとうとと船を漕ぎ微睡むベルホルトにガロットがそっと肩を貸し、二人は別宅までの長いようで短い静かな時間を寄り添い共に過ごした。
この激しく脈打つ心音が聞こえてしまわないだろうかと、赤く熱を持ったこの顔が気付かれてしまわないかと、ガロットは己の肩に頭を置いて睡魔と戦うベルホルトの頭頂部を眺めながら必死に動揺を隠していた。




己の主が今顔を俯けていることに、ガロットは心底感謝した。





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屋敷に到着した二人はそのまま眠たげなベルホルトの自室へと向かった。
寝間着へと着替えを終えたベルホルトに向かい、ベッドメイキングを行い終えたガロットが改めて頭を垂れる。


「……主様。本日は私どもの我儘にお付き合い下さり、本当に有り難うございました」
「構わないさ。普段味わえないような事ばかりでいい息抜きになった」


その最後まで堅苦しい執事の様子に、その主はベッドに腰を下ろしながらくすりと笑いを零した。そして続けるように欠伸をひとつ。



「さて、今日が名残惜しいが明日も早い……そろそろ寝るとするよ」
「……畏まりました」



今日一日散々街の中を練り歩き、遊び、物を食べたのだ。ベルホルトの眠気は相当なものだろうとガロットが理解し、カーテンレールへと手を伸ばす。

側にあるサイドテーブルの上に置かれたランプ程ではないが、窓から差し込む月光がやけに明るく感じた。



「…………ん?」



ふとその明るさが気になりガロットは視線を窓の外へとやる。
目線の先にあったものは、もう間もなく満月を迎えようとしている月だった。


そういえば今日はまだその姿を確認していなかったと、頭のどこかで他人事のように思いながらガロットの視線は一気にその月に奪われる。
最早目を離すことが出来なかった。



三年に一度だけ現れるという、特別な月。ブルームーン。
そこから与えられる魔力は、まだ完全に満ちてはいないというのに、普段の比ではなかった。




「………っ、…!」




背に、腰に走る熱に悪寒を感じ身震いをする。

もう少しで悪魔化してしまいそうになるのをガロットは必死に抑え、急いでカーテンレールを引いて月の姿を隠した。
頭に鈍痛が響くのを手で押さえ耐える。



「どうした、気分が悪いのか……?」



荒くなった息を聞かれてしまったのか。
夜目が聞かない分、聴覚の良いベルホルトがどこか心配そうにこちらを見上げている。



「……私は大丈夫です、お気遣い下さり有難うございます」



ふぅ、と痛みを振り払うように息を静かに吐き出す。
見えはしないだろうがガロットはこれ以上ベルホルトに心配を掛けないように側に行くと足元で膝を折ってかがみ、普段の鉄面皮を心掛けながら極力穏やかな声色でそう返答した。



そう、こんなにもお優しい主様の前で、あのような姿を晒す訳にはいかないのだ。





「何もないなら良いが……キミになにかあっては心配だ。あまり無理はしないでくれ」
「……主様」



そう言いながら伸ばされた左手は、自分を探して下さっているのだろうか。
ふらりと彷徨うその手をそっと掴むと、確かめるように強く握られた後、指が自然と絡んだ。




この暖かな熱が、労って下さるお気持ちが愛しいと心から思いつつ、しかしそれは口には出さずガロットは己の主を見上げた。






しかしその行動によって、今までギリギリながらも冷静さを保ってきたガロットの理性が擦り切れる事となった。



「……っ……!?」



その時のベルホルトの表情は、先程シャンパンを飲んだのがまだ残っているのか頬は赤く染まっており、眠たげな瞳は睡魔からくる熱で潤みながらこちらに視線を向けていた。見えないながらも声と手の位置でなんとなく視線の位置を判断しているのだろう。
その優しい微笑みが今では酷く耐え難いものであった。






押し殺し耐えていた魔が、熱に変わり、劣情に変わる。

ガロットの紅い瞳に魔の光が微かに灯った。




は、と体内で渦巻く熱を逃がすように短く呼吸をする。
口端が微かに吊り上がるのが我ながら分かった。その渇いた唇が煩わしく、ガロットは舌を滑らせて濡らす。



腰に、熱が走る。




未だ絡んでいるベルホルトの指を少し強引に引き寄せると、ガロットはそのしなやかな指に唇で触れた。



瞼を閉じながら人差し指の先に唇を押し付け、その先端の熱に触れる。それから指の付け根へと唇で触れたまま伝い、なぞっていく。
ひくり、と指先が緊張で強張っているのが感じられた。

それから硬い関節をひとつずつ愛でるように唇ではみながら渡り、薬指へと向かうと、根に軽く吸い付きリップ音を立てた。その場に微かに湿り気が残る。
唇を離すと同時にガロットの熱のこもった吐息が零れ、ベルホルトの手にその熱さが直に伝わる。
中指の第二関節に舌を這わせた所で、頭上から声が聞こえた。



「ガ……ロッ、ト………?」
「………っ!」


明らかに動揺を含んだ、震えた声だった。

そのベルホルトの声に漸くガロットが正気に戻ると、慌てて手を離し邪な思いを振り払うように首を横に振った。




「も、申し訳ありません……どうやら先程のシャンパンでかなり酔いが回ってしまっているようです……ご無礼をお許しくださいませ」
「そ、……そうか……」




驚きながら目を丸くしている主に一気に己の中で罪悪感が多大に生まれるのを感じると、ガロットはそのまま素早く立ち上がり深く一礼をした後逃げるようにドアへと向かった。



「……ご就寝前に大変不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした。どうぞお休み下さいませ」



そっと開かれた部屋の扉の隙間からは廊下に用意されていたランプの光が漏れていた。部屋に置いてあるものよりはるかに明々と廊下を照らすそれはガロットのシルエットを映し出している。



「それでは、失礼いたします」
「あ、あぁお休み…………ん?」



未だ動揺したままのベルホルトが、その元凶である己の執事の影を見やる。その姿に一瞬違和感を覚えたが、しかし再度注意深く視ようとしたところで扉は閉じられた。
ぼんやりとしたサイドテーブルのランプの明かりだけが部屋に灯る。ベルホルトは首を傾げた。



「一瞬、なにか……長い、尾のようなものが見えたような……いや、私も大概飲み過ぎているのかもしれん」



僅かに抱いた違和感は、しかし酒を飲んだ後では自信もなく。
そのままベルホルトはベッドへと身体を沈めた。











その頃ガロットはベルホルトの部屋の扉に手を付きながら盛大に息を荒げ、冷汗を掻いていた。


「危な、かった……」



その腰には滑らかな尾が揺らめいており、更は角や翼まで出てきていた。
ブルームーンの恨めしいまでの魔力の恩恵を受け、ガロットは為す術も無く悪魔の姿へと変えていた。



「………やはり、リヤンに頼み魔力を調整する魔道具を作製して貰わなくては……」



先程主にしてしまったような失態は、もう二度としたくない。



ガロットが深く深く溜息を吐いたと同時に、屋敷の柱時計が日付を越える知らせを告げる。


そう、日付が7/31へと変わったのだ。




「……主様、おめでとうございます」

改めて、ガロットはひとり、扉のノブを撫でながらこの部屋の中に居る主に祝いの言葉を囁くような声量で贈った。
勿論届かないであろうその言葉はしかし、誰よりも早かったはずだと微かに笑みを浮かべた。



「……さて、朝までどうするか……しかしシャンがいない中、屋敷から離れるのは……」




廊下の灯りを吹き消し、眼鏡を外しながらガロットはこれからどうするか尾を揺らしながら思案し始めた。






窓の外ではブルームーンが、少しずつ、そして確実に満ちていっていた。








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2015/07/31



Happy Birthday! My Lord!




おまけ





シャンさん、お名前のみリヤンさん(@misokikaku)
ベルホルトさん(@lelexmif)


お借りしました!

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