Just for you B





玩具屋を後にして、シャンを先頭に次に向かった場所は先程横目に通り過ぎた露天市だった。少し日が傾いて尚、その賑わいは衰えるどころか盛り上がりを見せている。
樽に詰め込まれた大量の青果。ブロック状にされ吊るされている大きな獣の肉の塊。水桶に入れられその中を必死に泳ぎ回る魚。そしてそれらを買い求める人々。
普段の見回りの時とは違う、中心街の人々の生活をもっと間近に感じたベルホルトの瞳は驚きと好奇心で薄らと輝いていた。


「間近にみるとまた賑わいが凄いものだな」
「でしょー?時間帯からして夕飯の材料買いに来た人ばっかですから、さっきより更に熱気が凄いっすよー……っと!」


ベルホルトが辺りを見回していた側で青果の店を覗いていたシャンがひょいと南瓜を片手に持ち上げながら笑みを浮かべた。懐から代金を出して支払いその購入した立派な南瓜をそのままベルホルトに手渡すと、ゴツゴツとしたその硬い表面に指を滑らせ撫でて手触りを楽しみ始めた。普段触れ慣れない調理前の生の食材の感触が新鮮なようで、ほんのりと笑みを浮かべている。


「今日は俺達もここで食材を買って、一緒にお料理しちゃいましょうねベルホルトさん!」
「……うん?私もか?」

「シャン。貴方は主さ、……ごほん、ベルホルトさんにまで作らせるつもりですか?」
「あ、ガロットさんお帰りなさーい!」



いつの間にか別行動をして買い物をしていたらしく、焼きたてのバケットやシャンパンのボトルなどが入った紙袋を抱えたガロットが、信じられないといった表情をしながら道を挟んで向かい側の店から戻ってきた。どうやらこちら側に戻ってくる際に二人の会話を微かに耳で拾ったらしい。


「食事を頂いて欲しいというだけの話だったではありませんか」
「だってほら折角ですし、どうせなら皆で一緒に作って食べた方が楽しいっすよー!」
「……ちなみに何を作るつもりなんだ?シャン」
「えーと、ミニミートパイと、南瓜のスープ。南瓜は今ベルホルトさんが持っているヤツを使いますよー!それとこんがりベーコンの温玉サラダと、ガロットさんが買って来たバケットをガーリックトーストにします!それからー……」
「ははっ、沢山作るんだな。楽しそうじゃないか、私でも作れるだろうか?」


指を折り曲げながら今日の夕食のメニューを楽しそうに告げるシャンの姿にガロットは頭を抱えていたが、それに反してベルホルトの反応はというと朗らかなものだった。


「わーい流石ベルホルトさん!大丈夫っすよ、俺がしっかりサポートしますから!」
「……宜しいのですか?」
「いいじゃないかガロット、こういった形で庶民感覚を味わうのも新鮮だ」


ぽんぽん、と南瓜を軽く叩きながらにこやかに微笑む主の姿を見て、先程まで困惑していたガロットの顔にも微かに笑みが浮かぶ。
その様子を見ていたシャンがますますやる気になったと言わんばかりにひとり頷くと、主と先輩執事の二人の手を掴み、賑わいが最骨頂を見せる市場へと突撃を開始する。


「なっ……ちょっ、シャン!?」
「じゃあ早速買い物の続きしますよ!これからタイムセールとかどんどん始まりますから人ごみに負けないで下さいね、ここから先は戦場っす!!」
「戦場……なのか?」
「はいっ、二人とも覚悟をお願いしますよー!たははっ!」



戦場という不穏な発言に思わず微かに冷汗を流す二人だったが、そんなことなどお構いなしにシャンは止まることなく熱気溢れる露天市へと歩みを進めた。手を引かれながらガロットとベルホルトがその行き先を見ると、そこは人で溢れ返り怒号すら聞こえてくる程であった。







ガロットは後に思った。








――そこは、確かに戦場のようであったと。











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それからどれだけ時間が経ったのだろうか。慣れない人ごみに揉まれに揉まれたベルホルトとガロットの二人は、最早満身創痍といわんばかりに疲労感を露わにしていた。それに比べて己の庭だと宣言していたシャンは、けろりとしているどころか喜びの笑顔で沢山の食材が入った買い物袋を撫でている。


「いやー良かった良かった!さっきの店のオバちゃん、ベルホルトさんが色男だからーってこんなに沢山オマケしてくれちゃいましたよ!!」
「そ、そうか……」
「シャ……シャン、それより少し休憩を……」
「まぁまぁガロットさん頑張って下さい、もう少しで見えてきますからー……あ、ほら!あそこが俺の実家っす!」


疲れで足取りの重い二人を元気づけるようにシャンは声を上げ前方を指差した。それにつられるように顔を上げ示された方に視線を向けると、そこには一般家庭にしてはやや大きめな家屋だった。高さはないが、土地を多く使った平屋造りのようだ。


「ほう、あそこがシャンの実家なのか」
「へへへっ、そうっす!お二人が俺の家に来るってなんだかソワソワしちゃいますねー!」


それは執事同士で計画を練っている時にこっそり決めたことだった。

どうせなら食事をするのも普段の別宅ではなく、いっそ実際の一般家庭にあたる己の家で食べる方が、更に新鮮味があるのではないか。というシャンの提案により、主と先輩執事はこうして家庭訪問といった形で家に足を運ぶことになった。


普段ここに住んでいる両親はどうやら旅行に行って貰っているらしく、家の中は誰も居らず留守のようだった。
シャンが懐から鍵を取り出し、家の鍵穴に差し込み開ける。



「さぁさぁお二人ともどーぞ!頑張って美味しいご飯つくりましょーね!」




がちゃりとドアノブに手を掛け扉を開きながら、シャンが振り返り愛嬌のある笑顔を浮かべる。
そしてガロットがそっと主の背を優しく押し、そのまま家の中へと足を進めた。



空が少しずつ茜色に染まっていく。





今日という三人だけの特別な祝いの日。
最後の最後まで、どうか主様が楽しんで下さる事を願って。





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