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その話題が浮かんだのは、主が騎士の見回りの勤務で不在のとある天気の良い昼下がりだった。


「シャン、その……主様の生誕のお祝いを、我々でささやかながら出来ないかと思っているのですが……」


珍しくガロットが普段のポーカーフェイスを崩し、悩んでいる表情を隠すこともせず、ベッドメイキングをしていたシャンにそう相談を持ち掛けたのだ。
どこかそわそわとして落ち着きのない、いつもの態度とは明らかに違う先輩執事の様子にシャンも思わず作業の手を止めて目を丸くした。


「主様のです?」
「ええ、7/31がそうなのですが……以前私にして下さった時のように、何か出来ないかと」
「いいじゃないですか!しましょう先輩、俺も主様お祝いしたいですし!」


ぱぁっと明るい笑顔を浮かべながらシーツが皺になることなどお構いなしにシャンがベッドに手をつき肯定の頷きを返すと、ガロットもどこかほっと安心したようだった。


「有難うございます、シャン。どうもこういった事を考えるのは不慣れで……できれば私を祝って下さった時のような、あまり硬くないものをと思っているのですが」
「うーん……あ!じゃあいっその事こんなのはどうです?」


それから続けて発せられたシャンの言葉にガロットは最初こそ驚いたような顔をしたが、暫くするとどこか納得したように数度頷いた。



「……それは……いや、良いかもしれません」
「へへー!でしょ?じゃあさっそく主様がいない内に準備しないと!今日くらいしか一緒に出掛けれる日ないっすよ先輩!」
「そうですね、主様のご帰宅前までに買い出しを終わらせなくては……急ぎましょう」


そう言うとガロットとシャンは足早に屋敷から抜け出て、人で賑わう中心街の大通りへと向かった。



主様は喜んで下さるだろうか。
二人の執事が同じことを願い、己の主の為に準備に励む。




どうか


どうか少しでも、心からの笑顔を浮かべて頂けたらと。





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それから数日後の朝。大きな入道雲がまさに夏を思わせる、太陽の眩しい晴天日和。
ガロットは普段通りにベルホルトを起こしに部屋へと向かった。片手には真新しい着替えの衣服を持ちながら、部屋の扉を軽く数度ノックする。


「お早うございます、主様」
「あぁ、起きているぞガロット。今日は暑さで少し早くに目が覚めてしまってな……折角の非番だというのに」
「……失礼致します」


普段と変わらない畏まった声と共にガロットが部屋に入る。
既にベッドから抜け出していたベルホルトは、寝間着のガウンのまま開け放たれたベランダの柵に手を置きそこで吹き抜ける風に当たっていた。小さな欠伸を溢し、眠たげな瞳でベルホルトが振り返る。その視線の先には部屋の中に入り、扉を閉めるガロットが。


「……ガロット?」


普段通り部屋に現れた執事、しかしその姿は普段と違いラフなものだった。
少しだけ胸元を開き着崩したシャツ、紺色のベスト、ブルーのガラス細工がポイントになったループタイ。手袋ですら普段の白い手袋ではなく、黒のハーフグローブを着用している。
堅苦しいまでに整えられたいつもの服装とは違うその姿に、ベルホルトは不思議そうに瞳を瞬かせる。


「一体どうしたんだその格好は」
「これは、その……」
「せーんぱーい!!主様ー!もう着替えましたかー!?」


言葉を詰まらせているガロットの背後から廊下をドタドタと走る音と聞き慣れた大声が響く。数秒ほどしてシャンが続くように部屋に飛び込んでくる。
その姿もいつものモーニング・コートではなく、ワインレッドのVネックにオリーブカーキパンツといったかなりラフな服装で。


「あー!まだ主様のお着替え終わってないじゃないっすか先輩!」
「……これからして頂くところです、少しくらい待ちなさいシャン」
「……?」


謎が深まり首を傾げるばかりのベルホルトを置いて二人の会話が進んでいく。


「二人ともどういう事だ?私に説明してくれないか」
「んっふっふー……それは着替えてからのお楽しみです!さぁさぁ主様お着替えしましょう!」


疑問符を浮かべ思考が追いついていない当の本人に構わず、シャンとガロットは主の着替えを半ば強引に開始した。









「……中々、着慣れないものは落ち着かないな。しかしどうしてこんな……」


ごそりと身体を動かし服の具合を確かめる。
着崩した白のシャツに薄水色のストール。濃い青のスキニーにブーツを履かせられたベルホルトは未だに解けない謎で頭が一杯だった。しかしそんなことはお構いなしにシャンは己の主の背を押して、ガロットはその後ろについて歩く。二人ともどこか楽しげな雰囲気を醸し出している。
そしてたどり着いたのは屋敷の外へと向かう扉の前。執事二人が目を合わせ頷き、主の手を取りそして両サイドから扉を開きながら笑顔で告げる。


「「お誕生日おめでとうございます、主様!」」


開かれた扉から入り込む朝日を浴びながら、ベルホルトはぽかんとした表情で己の左の手を取るシャンと、右手を取るガロットを交互に見た。そしてその顔は段々と呆れたようなものになっていく。ベルホルトは深いため息を吐いた。


「……二人とも、日にちを間違えていないか?私の誕生日は明日だ。今日は7/30だぞ」


やれやれと首を振るベルホルトだったが、その呟きにガロットは困ったような笑顔を微かに浮かべ、シャンは満面の笑みで頷いた。


「ええ、ですが明日は本宅での正式な祝いの会食がありますので……」
「だから今日!一日早くなっちゃいましたけど、俺達が先に主様をお祝いするんですー!へへへ、独占っすね!」















「さあ行きましょ主様!」
「今日はお家の事も忘れ、ご存分に羽を伸ばして頂けたらと思います」
「……そうか」
「そうっすよ、だからこの恰好なんです!今日の俺達は一般庶民ですよーにしし!」







先日、ファルルお嬢様の為に本宅に戻った時の事がガロットの脳裏を過る。
旦那様と話された後の己の主の様子があの日から気になって仕方がなかった。

何があったかはガロットには計り知れないが、酷く苛立ちを覚えているようだった。




そのようなことがあったばかりだというのに、明日もまた本宅に赴かなければならない主の心労を思うと胸が痛むばかりだった。







だから今日だけでも家の事も忘れ、クリオールの長男としてではなく。

ベルホルトという一個人として、この日を楽しんで頂けたら。






そう願いながら二人の執事は己の主の手を引き、街へと駆け出した。




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