I'm happy!





『ばーば、ばーば』
『はいはいガロット。ばーばは、ここですよ』



…………これは、


『……ばーばは僕のこと、すき?』
『おやおや、変な事を聞くんだねぇガロット』



……昔の、私の


『勿論大好きに決まっているじゃないか、天国の母様もそう思っているよ』
『……うん』


『ほら、だから早くその尻尾をしまおうねぇ、誰かに見られたら大変だ。今日はガロットのお誕生日だからばーば頑張ってケーキを焼いたんだよ』
『……ちょこれーと?』
『うっふっふ、そうだよ。ほら、ばーばも手伝うからおてても綺麗に洗って。美味しいポトフもあるからねぇ』



今日?今日は、何の日だったろうか


『……悪魔の子で、なかったら……ガロットも幸せだったろうにねぇ……』






「せーんぱーい!!朝ですよーーー!!!」
「……ん…、……?」

聞き慣れた声に、ドアをノックする音に呼ばれ、意識を掬い上げられるようにガロットはゆっくり目を覚ました。カーテンの隙間から零れる朝日が眩しくて反射的に眉間に皺が出来る。少し濡れた目元を擦りながらベッドから体を起こせば、サイドテーブルに置いてあった眼鏡に手を伸ばしひとつ小さな欠伸を零した。
寝苦しかったのか汗をかいており、肌にぴたりと貼り付くシャツが心地悪い。


「…………ばあ様……」


懐かしいような、少し寂しいような夢を見た気がする。
暫くどこを見るでもなくぼんやりと宙を見つめていたが、じわじわと意識が覚醒し始めるとガロットは眼鏡を掛け温もりの残るベッドから抜け出し朝の支度を始めた。


今日も変わらぬ一日が始まる。

そう思っていた。



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朝から主に暇を出され夕方まで街で適当に時間を潰した後、どこか不自然さを醸し出す屋敷に戻った。


その暗闇の中で開いた扉の先は、なんと眩しくて暖かなことだったか。


「「ガロット(先輩)お誕生日、おめでとう!!」」


響くクラッカーの音。舞い散る紙吹雪。可愛らしい賑やかなバルーンアート。懐かしい温もりを感じるような料理。大好きなチョコレートケーキ。ポップな蝋燭。
まるで童話のような、子供のみる夢の中のような、不思議な空間。



嗚呼、そうだ。

忙しさの中で忘れていた、けれど思い出した。


今日は、私の―――。



呆然とし硬直している間に三人にあれやこれやと、お構いなしに装飾をされるがまま施されていく。
眼鏡を奪われ新たに着けられたものは全貌を見ていないためよくわからないが、これも他のタスキや三角コーンの帽子のようにパーティーグッズなのだろうかと縁を指先でなぞる。

それから皆に促されケーキに刺さった蝋燭の火を吹き消し、シャンから、主からプレゼントをそれぞれ受け取る。

シャンから渡されたプレゼント、チョコレートケースとでも呼ぼうか。兄弟で拵えてくれたそれに入っていた物は、好きな店の物から以前から気になっていた物まで様々なチョコレートで、すぐにでも手を出してしまいそうなのをガロットはぐっと堪えた。これは部屋に戻ってゆっくりと余韻に浸りながら味わいたい。
普段厳しく接している為シャンにはあまり快く思われていないかと思っていたが、街中を巡り好物を集めてくれた彼の事を思うと、そしてこの目の前にある後輩の表情を見ていると少しは懐いて貰えているのだろうかと笑みが零れた。


そして主からのプレゼントはネクタイピンで、しかもそれは。

「これは、クリオール家の人間が身につけることが赦されるものだ…。私がつけているものと同じ様にな」

自分には勿体なさすぎる品だった。
更にそれを主自らの手で着けてもらう事態にガロットは動揺を隠せないでいた。衣服に触れる指に喜びとは別の熱を孕みそうになるのを振り払い、ネクタイに着けられようとしているピンを未だに実感のないまま見詰める。その間にもふたりはぽつぽつと会話をする。
 

「……君は、孤児だったそうだな?すまない、私の移動のせいで君を父から切り離してしまった」
「いえ、…、主様、一体何を唐突に…」
「私には母も父いる。孤児である君の心持ちは計り知れない。だが、恩人である我が父に会う機会を根こそぎ奪ってしまったのは事実だ。見知らぬ所で寂しくはなかったか…?」


主の口から紡がれた言葉にガロットは目を丸くする。なにも奪われたつもりなどもなかったし、主様の父上である旦那様に滅多として会えなくなってしまったのは確かで寂しさを感じたのも正直僅かにあったが、それでも役立てているという喜びはあるのだしなにも主が負い目を感じることなど無いというのに。
本当、このお方はお優しい。
 

「スリジアの樹の下で、今後も私の傍にいて欲しいと伝えただろう?私は口約束は好まない。これは証だ、君が私の専属であり、君の責任はすべて私にある事の、な。父の代わりには成れぬが、私だからできることがあってもいい。私は君の居場所になりたい」
「…………」
「………これでは伝わらなかったかな?」


見上げて来る主の視線にガロットの目は揺らいだ。
主自らに居場所になりたいと仰って頂いた。証の品まで頂いた。使用人ごときにわざわざこのような手間まで掛けてサプライズを仕掛けてくれた。このような暖かな主人が、他に、いるだろうか。

「……私は……」

小さく深呼吸をし、ガロットがゆっくりと唇を開く。


「主様〜〜〜!先輩〜〜〜!ケーキカット終わりました〜〜〜!」

不意に響いた後輩の大きな呼び声に、ぱちりと大きく瞬きをした。賑やかな空気が戻ってくるのを実感しながら二人は顔を見合わせ、そして暫くして主がくすくすと小さく笑い声を上げた。

 
「……甘いものが待っているそうだ。先に食べようか」


ケーキの乗った皿をもつシャンの元に向かうように主は背をガロットから背を向け、そちらに歩を進めた。ガロットも続くように立ち上がろうとしたが、その際机に少し体が当たり着けていた眼鏡がかしゃりと音を立てて落ちてしまった。その眼鏡とは。


「……鼻、眼鏡…………」


裸眼のまま床に落ちた、“先程まで”着けていた鼻眼鏡をじっと見つめる。

これを着けて、先程まで主様と、シャンと、料理長と会話をしていたのか……?とガロットは驚愕した。
それから暫くして襲ってきたものは、羞恥もあるがそれよりも何よりも。


「…フッ……はははっ…!」


ガロットは鼻眼鏡を拾い上げながら笑った。それは他の三人にも気づかれないような密かなものだったけれども。
心の底から笑ったのはいつ振りだろうかと思いながら、ガロットは鼻眼鏡のフレームで手遊びしながらケーキの元に居る主に視線を向けた。少々ぼやけて見えるが美しい紫が視界に見える。


「貴方様がそう仰って下さるならば……私は、いつまでも主様のお傍に」



少しずつ、心を解されていく。
柔らかな陽のような優しい暖かさを感じる貴方様になら。

いつか私の本当の姿を見せても、優しく受け入れてくれるだろうか。




そんな事を思いながら眼鏡をテーブルの上にそっと置くと、ガロットは改めて皆が集まるケーキの元に歩み寄った。





『私は今、誰よりも幸せだ』


胸元で、きらりと鈍く、金のネクタイピンが輝いた。





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るる様、みそ様合作
【Say "Happy"?】よりガロット目線


ガロットのお祝いをして下さり本当に有り難うございます……!親子共に本気で驚いたサプライズ…!



シャンさん(@misokikaku)
ベルホルトさん(@lelexmif)

お借りしました!



2015/6/6

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