小説 | ナノ







オレンジ色の西日が差す月曜日の教室。
放課のチャイムが鳴り、一人また一人と人影は疎らになっていく。

「じゃあ部活だから」

そう言って教室を去る友達に手を振り視線を窓際の方に移す。と同時にパチっと重なりあう視線。まあそれを期待していたのだけれど。

その相手は頬杖をついて、私がそちらを向くのを待っていたかのような表情でこちらを見ている。
その人の名は及川くん。

「苗字サンは帰んないの?」

夕日に透かされていつもよりずっと茶色く光る及川くんの瞳が私を映す。

「及川くんこそ部活は?」

「バレー部は月曜がお休みなんです」

ピースサインをこちらに向けて微笑む彼。
私はそんな情報をもちろん知っている。だからこうやってお互い教室で帰らずに何かを待っているんだから。

好き、と告白した訳ではない。そんな噂が流れた訳でも。ただ友達というよりは確実に好きな人に近い存在。しかもお互いにだ。自覚済みの両片思いとでも言おうか。そんな訳でここから一歩先に進むような"何か"を期待してしまう。


「...一緒に帰る?」


さりげなく、優しい笑顔のままその言葉を口にした彼。胸がドクンと跳ねた。


「いいの...?」

「いいの、って...」

あ、じゃあ言い方変える。と及川くんは私の席まで歩いて、

「二人で帰ろ」

ファンがいるほどの男が優しく微笑んで、しかも目の前でこんなことを言ってくれる。...私ってなんて幸せ者なんだ。


コクリと頷く私に「よっしゃ」と鞄を取りに戻る及川くん。

「あ、裏口からでもいーい?」

そう許可を取るのはきっと正門にはファンの後輩が待っているからで。


下駄箱まで歩いてくると校庭からは部活の掛け声が聞こえてくる。

「なんか苗字さんと二人で歩くの緊張する」

しょっちゅう女子から告白を受けているやつが何を言ってるんだと心の奥で思いつつ。

「こういうの慣れてるんじゃなくて?」

「...見た目と反して実はチキンなんですー」

ぶつぶつ言いながらローファーを履く及川くん。

部活に所属している生徒はその活動真っ最中。放課のチャイムが鳴ってからは数十分が過ぎ、この中途半端な時間に下駄箱にいるのは私たち二人。
まじまじと見るとスタイルもよくておまけに顔も整っているんだもん、この制服も着こなしちゃうよなあ。そんな人が、

「...名前ちゃん」

なんでこういう時だけ名前で呼ぶんだ。
うるさい心臓の音を隠すように、

「なんですか徹くん」

とお返ししてやると「...えっ」と珍しく照れと驚きが半々に混ざったような表情を見せる彼。


「あのね、俺ってモテるんだけどさ、」

「知ってるよ」

「...だから結構女癖悪いとか、元カノが多いだとか勘違いされやすいんだよね」

「...たしかに」

「否定してよ!」

「あはは、ごめん」

私もようやくローファーを履いて、笑いながら裏口の方へ足を進める。...と掴まれる右手。

「苗字さんには知っといてほしくて」

「え?」

「だから、こうやって一緒に帰るのもちょくちょく目が合うのも俺から話しかけちゃうのも苗字さんだけってことを」

「え?え、待って...」

告白...?と、つい口から零れてしまった。
いきなりのことに頭も心臓も追いつかなくて今にも倒れそうだ。そして掴まれたままの右手から伝わる熱。


「告白じゃないよ」

「...え」

「それは今からするから」


遠くにあった彼の目が、ぐっと側に近づいて。


夕陽と君と、あとひとつ。










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