小説 | ナノ









冬の海はあまり好きではない。
一桁の気温と海風がおまけして体感温度はもっと低い。シーズンとは打って変わって砂浜には地元の人と思われるおじいさんが一人、犬の散歩に来ているだけだ。晴れていればまだいいのに曇り空の今日は灰色の海が更に淀んで見える。


「海、行かない?」

数時間前、苗字さんの一言に二つ返事で首を縦に振ったのはきっと俺が彼女に好意を持っているからで。いや、"きっと"ではなく"確かに"だ。

浜辺には漂流物と通行人が捨てていったのだろう、ポイ捨てされたゴミがあちらこちらに転がっている。
俺たちは大きめの木に目をつけそこに腰掛けた。湿り気を帯びて黒ずんだ木は座り心地の良いものではないが海風に吹かれた髪を耳にかけ直す苗字さんの隣にいると、この時間がずっと続けばいいのに、なんて柄にもないことを考えてしまう。

この前の期末テストの話から始まり、部活、友達の話など核を逸れるような、内容があるような無いような話題が続き、ふと気を抜くと冬の寒さが体に突き刺さってくる。

「寒くない?」

脚を二つ折りにして腕で抱え込む苗字さんは「大丈夫」と笑うけども、こんな寒空の下だ。俺は自分が着けていたマフラーをぐるぐると彼女の首に巻きつけた。

「あったか!ありがとう」

「いーえ」

首元を覆う布が無くなっただけでこんなにも寒くなるのか、と冬を憎むも俺のものを身につける好きな人を見ると同時に感謝もしたくなる。

ひやり、手に感じた冷たさに驚き自分の手元を見ると苗字さんの手と自分の手が重なっている。

「手も暖かいんだね、白布くん」

「え、」

「私冷え性だから手も冷たいんだよね」

だめかな、と照れを隠すような苗字さんの笑顔にクラクラするというか、心臓がばくばくいってもしかしたらこのまま心配停止にでもなるんじゃないか。

そんなことを表情に出さないように、「だめじゃないよ」と手を握り返すことが精一杯の返し。
脳内でいくら「好き、好きです。好き」と嘆いても彼女に聞こえることは無い。爆発しそうなこの気持ちを口にしたって、波の音が消してくれそうな気もする。


「...そろそろ本題に入ってもいいですか」


でもここからは、できれば波の音に邪魔してほしくないな。







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