小説 | ナノ
それは雪の降る寒い日で。
積もった途端に乱れる交通網。
小さい頃からこの街に住む私たちからするともう慣れっこのこと。
だからと言って「チャリ!チャリで行くから!」というメールをよこす彼の行動は毎回予測不能。
私の家のすぐ近くにある小さな公園で集合。
彼は私に告白した。
その大雪の日に。
なんていうのは2年前の昔話。
私の彼氏である以前に強豪校の主将である彼は毎日部活で忙しく、かと言って私を放ったらかしにはしない不器用そうに見えて器用な人だった。
初めてのキスは、そしてその先の初めてもどっちも暑い夏の日だったね。
ゴツゴツした手が私に触れる時だけ優しくて、
「力加減とかできんだ...」
「バカにすんなって!」
なんて冗談を言った後、
ベットの上で何度も「好きだよ」と言ってくれた。
二人きりの時はこんなにも私を見てくれる。
欲が出た、と言われればそれまで。
思い出話はこの辺にしといて、今は高校三年生の冬。
スポーツ推薦の人たちが集まるクラスと違って私のクラスは一般試験の話ばかり。
推薦組のクラスメイトが落ちた受かっただとか、模試の結果がどうこうだったとか、そんな息の詰まる毎日。
「俺のクラスの奴は大体スポ薦だからな〜」
そういう彼もスポーツ推薦で大学は決まってる。
もちろんバレーの強いところ。
バレーをしている時の彼はかっこよくて、強くて自慢の彼氏だなと思うしこれからも頑張ってもらいたいなと思う。
っていうのは上っ面の気持ちで、本音を言えば周りの友達みたいに放課後一緒に帰ったり、空いてる日はデートしたりしてみたかった。
高校生だもん。
そして最後に、彼のお邪魔虫にはなりたくない。
と、友達に相談したところ「本音の九割は後者でしょ」
女子ってさすがだなぁ。
そして今日、別れを告げると決めたんだ。
それはまた、雪の降る寒い日で。
語彙力のない私が感想を求められたら「ティッシュが降ってる」と答えるような大粒の雪。
呼び出したのは、今度は私。
またあの公園で。
コートに落ちた結晶が一瞬で固体から液体へ変わるのを眺めながら歩く。
変な緊張感。
着くとそこには彼がいて、
「なんで傘さしてないの...!」
「え、雪って傘いんなくね」
「バカ」
いつも通りの会話の流れに、いつも通りの二人。
「んで?俺に会いたくなっちゃった?」
鼻の頭を赤くしながら笑う彼に引かれるように抱きついた。
かわいい、ボソッと呟きながら背中に腕をまわす彼を見上げると「ん、」と反射的にキスをされる。
満足げに笑う彼に、
「別れよう」
思ったよりさらりと口から出た言葉に、私は悪魔かなんなのか、自分でも驚くほど。
彼は口角は下がってないけれど落ち着いた、なんというか大人の顔をする。
「ん〜、...冗談?」
抱きついたまま、彼は私の肩に顔を埋める。
「ちが「冗談、って言ってくんねえ?」」
雪は時により80%もの音を吸収するらしい。
それでもお互いの声の振動は確実に鼓膜に届く。
重く、静かに。
「理由聞いていい?」
彼が顔を上げ、私は彼の顔を見上げる。
口を開いたとき喉の奥が熱くなってることに気づいた。
「ごめん。泣くなって」
「ちが...っ、謝んないで」
ゆっくりと深呼吸して、一つ一つ整理する。
「あのね、光太郎がバレー強くてね、部活も忙しくて、大学も決まってね、」
想像もしなかった程溢れる涙。小学生が説明するかのような私の言葉に彼は「うん」と相槌を打ちながら聞いてくれる。
「周りの友達みたくデートできなかったりして、」
心の中で「私の声も、全部消せよ」と周りを舞う雪に八つ当たりしながら、時々抑えられなくなる涙のせいで言葉が詰まる私に彼は「いーよ。ゆっくりな」と頭を撫でてくれる。
あぁ、ガキは自分か。
「でもね、1番は光太郎のバレーをね、邪魔したくなかった」
絞り出した声。
体を離そうと力を入れると、それ以上の力で体を戻される。
「ちょっと待って、ね」
泣いてる。聞きなれない彼の涙声。
顔を見せないためかずっと抱きついたままで。
「お前は俺がいなくても平気?」
「...俺はお前いなくなったら平気じゃねえよ」
「でも、」
「大学でもバレーやるけど、支えてくれんのお前じゃなきゃ嫌だし」
あとお前が他の男に抱かれんの想像したくねえ、
とため息と一緒に今度はしゃがみ込む。
冷たくなった私の手をとって、
「まだ好きって言い足りねえもん、俺」
少し赤くなった目で今度は私を見上げる彼。
また視界が滲むなあ
「わたし、邪魔じゃない?」
「必要だもん」
「大学行っても会ってくれる?」
「夜中でも会いに行くから」
「好きでいていいの?」
「好きでいさせる」
泣きながら同じようにしゃがみ込むと彼が私の体を持ち上げて自分の上に乗せる。
「彼氏でいていい?」
「いてください...」
こんな雪の降る日は、バットエンドよりハッピーエンド
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