愛玩ガストロノミー



始まりを話そうか。 いつだったかな。時期は冬だった。 キャメルのコートを着ていたよ。

もともと僕には収集癖があって気に入るもの は手元に置いていつまでも眺めていたいんだ 。 僕は友人の城に住まわせてもらってるんだけ ど、彼は気難しいからさ、僕の宝物を見つけ るとすぐに捨てちゃうんだ。

だからこうやって人通りの少ない古い洋館を 借りて僕の城にしてる。

部屋はギャンブラーZのグッズばかりだしベ ースのコレクションや薬品なんかでごちゃご ちゃしている。いや、していた。 今はほら、グッズの代わりに小難しい本とか 可愛いポップなお菓子とかおよそ僕には似つ かわしくない物に溢れているけど、ああそれ は後から話そう。 ともかく僕は理想の外見を持つ彼女をみつけ たんだ。だからさ、わかるだろう?僕の部屋 のコレクションに加えたいって思う気持ち。

ついつい仕事帰りの彼女を自慢の薬品を使っ て僕の部屋に招いてしまった事、君はわかっ てくれるよね。…ああよかった。じゃあ続きを 話そうか。



僕は彼女の足首に手錠をかけて、その片方を ベッドの脚に繋いだんだ。

それから僕と彼女の愛の生活、詳しい内容は 彼女のプライバシーもあるから割愛するけど 。 彼女は予想以上だったよ。その芸術ともいえ る容姿も小生意気で歳に似合わない艶のある 性格も僕の理想を遥かに超えていた。

でも厄介な事に彼女は毒を持っていたんだ。 綺麗なお花だと思ったら擬態の上手な蜘蛛だ った。

いつだったかな。 彼女が言ったんだ。 あの日から僕と彼女の立場は逆転した。

「ねえ、貴方は気付いているかしら。 この手錠も部屋の鍵も何の意味もないこと。 知ってるかしら。この家の前ってね、意外と 人通りが多いのよ。手錠や扉もね、鍵を開け るなんてお手のものなの。 ドアからだって窓からだって逃げられる。ご 希望なら今からでも。 理解できた?近くのカフェでコーヒーでも飲 んで一息、なんて簡単な事なのよ。 その後、気分次第ではここに戻ってきてあげ てもいいわ。もちろんその逆も。

けれど、あなたはそれでもいいの?私が戻っ てこないままでも、堪えられる?」

そんな彼女を嘲笑した次の日、彼女は忽然と 姿を消した。

まるで始めから存在していなかったかのよう に逃げた跡さえ残さずに、さ。 僕はその日一日中狂ったように彼女を捜した よ。ただただ恐かった。彼女を失うのが。

そうして彼女が失踪してから3日目の朝。目 を覚ますと彼女がいた。捜し疲れて部屋の床 で寝ていた僕を見下ろして笑ってた。3日前 と変わらず手錠に繋がれたまま。

彼女は腰に縋る僕の頭を撫でて言ったんだ。

「やっとわかった?おバカさん。」

そして愚かな僕は気付いたんだよ。 捕食されたのは僕だった。

彼女無しでは生きていけない。 僕は彼女が言うとおり馬鹿で鈍感だから産ま れて数百年経ったやっと今、そんな簡単なこ とに気づけたんだよ。

だから僕は部屋を彼女の好きな物で埋めつく した。

一眼レフや海で見つけた綺麗な巻き貝、色と りどりのマカロンと文庫本。

彼女がどこそこのクレームカラメルが欲しい といえば遠出してでも手に入れたし、誰其の 本が欲しいといえばどんな手段を使ってでも 手に入れた。

彼女に捨てられないように僕は何でもした。 繋いでた手錠は彼女の為に外したよ。だって 彼女が嫌だと言ったからね。 その日彼女は喜んで特別に脚でしてくれたよ 。滑らかな踵や指の感触が忘れられない。

でも僕は拘束無しで彼女を留めていられるか 不安で不安で、どうすればいいかわからなか った。 そうして悩んでいた僕に優しい彼女は首輪を 与えてくれた。

黒い無骨な首輪。 ごくたまにだけど彼女はこの首輪を使って遊 んでくれる。その度に窒息しそうになるけれ ど沸き上がるエクスタシィの前では苦しみな んて些細な問題でしかない。

なにより彼女が僕を所有してくれるのが嬉し かった。

部屋に入ると必ずベッドの脚に繋いである鎖 を自分で首輪に嵌める。 ベッドに脚を組んで座る彼女の足元にひざま づいて言うんだ。ただいま。彼女は機嫌のい い時は僕の頭を撫でてくれる。お気に入りの プラダのパンプスで。

「スマイル」

ああ、彼女が僕を呼んでいる。なんだい、ベ ルちゃん。








ただいま。 ああ、どこまで話してたっけ。 ん?ああ大丈夫。濡れているのは気にしない で。君を濡らしてしまわないように気をつけ るよ。

ほら、今日は天気がいいでしょ? だから散歩に行きたいねって彼女が言ったん だ。 ただ彼女と二人で歩けるだけでも嬉しいのに さ。彼女なんて言ったと思う? リード代わりに僕の包帯を引っ張ってお散歩 に行きたいだって!! そんな可愛い事言われたらさあ。舞い上がる しかないよね。だからさ、しょうがなかった んだよ。 僕を引き連れた彼女を想像したら舞い上がり すぎちゃって。嬉しくって彼女の周りをくる くる廻ってたんだ。そしたら目敏いベルはさ 、そのー…なんていうか、僕の下半身まで舞い 上がっちゃってるのに気付いて飲んでた熱々 の紅茶をお見舞いしてくれたって訳だ。

当然、散歩はパア。僕っていつもこうさ。

そうだ言い忘れていた。彼女はベルというん だ。 美しいという名前のベル。僕のベル。名は体 を表すというけれど本当だよね。 僕はベルの瞳ほど綺麗な物を知らないし、そ の瞳に射られたらメデューサに睨まれたよう に動けなくなって血液が沸騰してしまうんだ 。

ベルの肌はどんな絹より滑らかだったし…その 感触をまともに味わったのは遠い昔だけど。

ベルの唇は百万本の薔薇を集めてかわいらし いクリームにしても及ばないくらい甘くてピ ンクで可愛くて蠱惑的だ。

そんな唇から僕を罵倒する言葉が紡ぎ出され た時なんてもう―――

「ねえ、さっきからあなた何をぶつぶつ話し ているの。クッキー相手に。」

ああごめんねベル。愛してるよ!

ああ君はアメリカ産まれだから彼女のフラン ス語はわからないだろう。 気持ちの悪い子ね、って僕に言ったんだ。彼 女はそう言って、ほら、けだるげに君の友達 の頭をかじってる。

うん、そう。お別れだ。ごめんね。彼女は君 に僕を取られるのが嫌だったみたいだ。 大丈夫。君はゆっくり噛み砕いてあげる。心 配なんてしなくていいよ。 ああでも君の事は好きだったけれど、ごめん ね。君の味は嫌いなんだ。ジンジャーって、 まずいじゃない。でも頑張って食べるよ。君 は友達だからね。

さよなら。かわいい僕の友達。ベルに食べら れた幸せな仲間によろしくね。 ああ、羨ましいよ。僕も出来ることなら彼女 に――――

がぶり

END

仮題…ジンジャーマンクッキー殺人事件もしく は捕食系彼女



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