饒舌な瞳





朝からアッシュ君はソロの仕事。ユーリはガミガミうるさいのがいないからまだ寝ている。
だから今ユーリ城で起きて活動してるのは僕一人。
こんな日はゴロゴロするに限る。
ソファに寝そべって雑誌を見ながらうたた寝をしようとしていた矢先、呼び鈴が鳴った。



「ねえ、メルヘン王国の公用語は何?」


訪ねて来たのはベル。コーヒーを一口飲んでからそう言った彼女に、まさか僕に会いたくて訪ねてくれたのかなんて淡い期待を砕きながら、まあ人間の言語じゃないねって雑誌を読みながら適当に答えた。そしたら、ベルはソファーから身をのりだしてこう言った。

「メルヘン王国の言語を教えて」



「…またなんで。難しいよ?この言語は。
人間に習得するのはムリだと思うけど。」

「大丈夫よ。私覚えは早いの。完璧とまではいかないけれど、これでも私何か国語かは話せるのよ?」

ベルはえへん、と胸を張ってみせる。ああ、ベルの趣味は旅行だっけ。知ってるだけでもフランス語はもちろん日本語、ドイツ語に英語…ああそうだこの間電話でロシア語でも話してたっけ。


「なに、今度はメルヘン王国の言語を勉強したいわけ?熱心だね。語学取得、趣味だっけ?」

ベルの左斜めに位置するソファーに、彼女の訪問前と同じ体制で寛いでいた僕は、ぼんやりとベルの脚を盗み見ながら欠伸をした。


「そういう訳じゃないけど…だってスマイルもユーリ達も私と喋る時はフランス語を話してくれてるじゃない?でも、3人で話すときはメルヘン王国の言語なんでしょ?」


「うん、まぁ…そうだねえ。」

「だったら、その会話の中に私も入りたいのよ。たぶんニュアンスの違う言葉とか、メルヘン王国語でしか表せない表現とか…そういうのを習って、話したいの。」


「へー…まぁフランス語で話してる事と大して変わらないけど、いいの?」

「いいの!だってもっと…話したいのよ。いろんな話。…んと、違うかな。仲良くなりたいっていった方が正しいかな?大好きな人達と仲良くなりたいって思うのは自然な事でしょ? 」


つまりはもっと僕達を知りたいって事?他国の言語を習得してまで…

「……かっ、ゎ…ゴホン!」

ほらまた不意打ち。卑怯だね。油断させといてこんな…かわいい事を言う。…くそ。
ベルが仲良くなりたいと言った余分な2名の存在を都合よく記憶から消して彼女の言葉を噛み締める。

「…だめ?」

止めの小首を傾げる動作。

ああいいよもう。わかった。降参だよ。君のお望みのままに。





「…まあ、でもさ。そうは言ってもメルヘン王国の言語なんていい加減だよ?」

ソファに座り直し、膝の上で指を組んだ。

「だって人種も違うし姿形も様々だからね。王子が恐竜なくらいだし。」


「そういえば、色んな人がいるものね。じゃあ言語が幾つかに別れてるの?」

「いーや。何て言ったらいいかな…わかるんだよ。相手の言いたい事が。まぁ種族によってわからない方言みたいのもあるけど。」

そう言うと案の定首を傾げるベル。

「つまりはフィーリングだね。テレパシーかも。」

「え!?じゃあどうやって習えばいいの?」

「そうだねぇ…だからベルがもしテレパシーを使えるエキセントリックな女の子だったら、この言語を理解するのにはそう時間はかからないだろうね」

そう言ってヒヒヒと笑うと、ベルは頬を膨らませた。

「…いじわる」

「僕が?それとも王国語が?」

「どっちもよ! 」

クッションが僕のお腹目掛けて飛んできたけど、僕はそれを華麗にキャッチした。


「でもどうかしら。テレパシーが使えなくったって、わかるかもしれないわ。考えるな、感じろ…みたいに?」

「そう上手くいくかなぁ」

温そうなコーヒーを一口飲んで気を取り直したのか、ベルは諦めずにそう言った。自分が習得し得ると信じて疑わないんだ。すごい自信家。且つ、生意気。そうだ。ちょっと試してみようかなぁ。

「じゃあさ…今僕が考えてる事、わかる?」

膝に頬杖を付いてベルを見つめた。僕が今考えていること。
夕食のメニューはグリーンカレーがいいなとか、温いコーヒーはやっぱり不味いとか、ユーリはいつ起きて邪魔しに来るのかとか。いろいろあるけどやっぱり、考えるのは目の前に座る君の事。
それを彼女が解ったら…。

すると彼女は唇をきゅっと引き締めて僕を射るように見つめた。

彼女といてわかった癖の一つだ。彼女は、本当に臆する事なく…じっと人の目を見る。
この眼がダメだ。少し吊り上がった子猫みたいな瞳で見つめるもんだから、彼女に参っちゃう奴が後を絶たないんだ。


「……『私』…『は』?『欲しい』…『好きです』…かしら」


「…うん、そこまで合ってる。」


驚いた。女の勘ってやつかな。

もしかしたら、本当にわかるのかもしれない。
そう思ったら急に落ち着けなくなった。
だって、これ告白する事になるんだよね。

「………あ、わかった!」


心臓が大きく跳ねた。膝に肘を付いたまま組んだ指でにやけそうな口元を隠してベルの言葉と反応を待つ。


「…『カレーが好き』ね!!」




「……………………………不正解」





うんまぁそうだろうと思ったよ。彼女は超能力者じゃないし、わかっていたらこんなに自信満々に胸を張ってない。

わかってたんだよ。ほんとに。はぁ、馬鹿。

「ええ?スマイルが好きなものだとおもったんだけど」

「まあ間違ってないけどさ…カレーなんかと比べものにならないよ。」


残念がるベルを見てため息。
気付いてよ。ちょっとはさぁ。


「ふうん。よっぽど好きなのね」
「…うん。好き。」

だから、君なんだってば。
こんなに好きだって、言葉で言わなくても態度でわからない?

というより…なんで好きな物考えてるってわかったんだろう。ねえ?

「だってスマイルの目、キラキラしてたんだもの。なんか恋する女の子みたいに。だからよ。」

ベルは可笑しい、と笑った。そんなに鋭い観察力で、よく気付かないね…!逆に尊敬するよ。鈍すぎて。

あーあ。 前途多難だ。レッスンも僕個人の問題も。これはスパルタだね、うん。
いつかテレパシーで僕の瞳が君を見ている事が伝わるよう。頑張るよ。本当。


「あ、てことはギャンブラーZ?でしょ!」

「…君さ、絶対ムリだよ。メルヘン王国の言語習得すんの。」

「え!?」




end


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