02.lost truth

〜Denji side〜

 スパナを工具箱にしまい、油の臭いが染み着いた軍手を外す。長時間同じ体勢だったせいか、肩と腰が痛い。体中をバキバキと鳴らしたあとで見上げたデジタル時計には17:00と表示されている。今日も一日、ジムのメンテナンスで終わってしまいそうだ。

「くっそ暇」
「リーダーは朝から来るようになっても勤務態度は変わりませんね……」
「うっせ。ジムのメンテは挑戦者を安全にここまで来させるために必要だろ。チマリなんてオレのスマホ使ってゲームしてんだぞ」
「リーダーの影響じゃないですか……」
「リーダー、暇ならたまには新聞でも読んでくださいよ。わたしかショーマしか読まないんですから、このジム」
「……だる」

 定時までのあと三十分間の暇潰しにでもなればいいが、いくらページをめくっても興味をそそる記事がない。最後のほうのページにあった『イッシュ地方の悪の組織、プラズマ団解散!?』という記事だけざっと目を通す。
 プラズマ団を倒すためにジムリーダーたちが総出で立ち上がったとか、伝説のポケモンが出現したとか、英雄に敗れたプラズマ団の王が行方を眩ましたとか、そんなことが書いてあった。
 三年ほど前にレインが旅に出たとき、シンオウで起きた事件を思い出して、どこの地方にも似たような奴がいるんだなと思いながら、新聞を畳む。

「大変だねぇ、イッシュも」
「デンジー。飽きたからこれ返す」
「ああ」
「そういえば」
「あ?」
「レインちゃんからメッセージ来てたよ。一時間くらい前だけど」
「そーいうことは早く言いましょうねー。チマリちゃんー?」
「いひゃいいひゃい!」

 残りの時間はチマリをいじり倒すことに専念しようと思った瞬間、辺り一面真っ暗になった。オレもチマリも、取っ組み合いを止めて思わず固まった。停電だ。
 モンスターボールが弾けた音がして、暗闇の中に光が生まれた。自主的にボールから出てきたショーマとナズナのエレブーたちとチマリのピカチュウがフラッシュを使ってくれたのだ。
 そこまではよかったのだが、暗闇に浮かび上がったジムトレーナーたちの視線は全てオレに向けられていた。何が言いたいのかわかってしまうのが悲しいところだが、ここははっきりと言わせてもらう。

「これはオレじゃねーよ、バカ!」
「あ、すみません。条件反射でつい」
「オレをなんだと思っているんだ……レントラー」

 レントラーを呼び出して、尻尾の先にある灯りで周囲を照らしてもらい、ジムの一番奥にある、街全体の電力を制御している部屋に向かう。
 予想通り、ブレーカーが落ちている。その部屋からはミシミシと不気味な音まで聞こえる。その正体は窓が軋む音で、よく聞けば轟々たる風の唸り声まで聞こえてくる。

「そういや夕方から嵐だって言っていたな……これでよしっと」

 ブレーカーを上げると、部屋の灯りが一斉について目が眩んだ。
 視力が戻るのを待ってスマホを見ると、チマリの言うとおりレインからメールが届いていた。『天気が悪くなる前に早く帰りなさいって、マキシさんが言ってくださったの。今からナギサに帰ります』

「リーダー」
「なんだ? 停電ならなおしたぞ」
「ジュンサーさんから電話があったんですけど」
「……は?」

 何一つ悪いことはしていないというのに、警察の名が出ただけでドキリとしてしまうのは何故だろうか。



20121009



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