39.for my dear...

 ゼクロムと呼ばれるポケモンの黒い巨体から飛び降りた少女――トウコちゃんは、まるで、天から舞い降りた天使のようにN君の胸へ飛び込んでいく………かのように、見えた。

「N! あんた! このっ!」
「ぐっ……!」
「え、えっ?」
「うーわ、今の蹴りは鳩尾に入ったな」
「と、トウコちゃ」
「〜っ、やっと見付けた……!」

 慌てふためく私と自身の鳩尾をさすりながら青ざめるデンジ君の隣に、ゼクロムが降りてきた。予想通り、N君を呼んだ二つの声のうちの一つは、彼――トウヤ君だった。怒りを宿していながらも、どこか泣き出しそうな表情で、トウヤ君はN君とトウコちゃんを見つめている。
 N君とトウコちゃんがどのような状態になっているかというと、ゼクロムから飛び降りたトウコちゃんの足が運悪くもN君の鳩尾にめり込み、そのまま倒れ込んだN君にトウコちゃんが馬乗りになっている、という状態だ。
 さらに、トウコちゃんはN君の襟元を掴み前後に激しく揺らしている。これは、止めたほうがいいのかしら。迷っていると、デンジ君が静かに首を振ったので、このまま二人の行く末を見守ることにした。

「ちょ、っ、トウ、コ、首、くるし……」
「Nのバカ! あたしが……あたしたちがどれだけ探したと思ってるのよ!」
「え?」
「サヨナラなんて言っていきなり消えて! 二度と……会えなくなるんじゃないかって……」

 力なく手をN君の胸につき、途切れ途切れに言葉を紡ぐトウコちゃんの瞳からは、大粒の涙が溢れている。N君がトウコちゃんとトウヤ君を探していたように、二人もまた彼を探していた。こんなに、泣いてしまうほど、必死に。

「ゴメン」
「……」
「……タダイマ」

 N君が戸惑い気味に呟いた言葉に、トウコちゃんが顔を上げる。もう、大丈夫だ。N君はもう、別れの言葉も再会の言葉も間違えない。
 戸惑い気味に伸ばした腕は少し震えていたけれど、その手は確かにトウコちゃんの頬に触れた。

「タダイマ。トウコ」

 N君の瞳に、光が生まれる。憂いを晴らすように、光が射す。N君にとっての太陽が、涙を払い、大輪の花が咲いたように笑い、彼を抱きしめる。

「おかえりなさい! N!」

 デンジ君と目を合わせて、ふと笑う。泣きながら笑う二人と、それを穏やかに見守るトウヤ君に背を向けて、静かにその場を後にした。
 確信にも似た予感がする。今度はきっと、N君が光になるのだ。誰かにとって掛け替えのない、唯一の存在に。

 貴方も、私も、きっと誰もが、誰かにとっての光だから。



「for my dear...」END 2013042



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