38.for my dear...

 まさか、と思った。ライモンシティの遊園地で一日遊び、観覧車から夕焼けの景色を見てからホテルに戻ろうと遊園地のゲートをくぐった瞬間に、ボールから飛び出て走り出したサンダースとシャワーズの後を追い、たどり着いた先に彼はいた。
 観覧車の前に佇んでいる彼は、自身の足下でじゃれ合っているサンダースとシャワーズ、そしてリーフィアとグレイシアを見て目を細めている。こんなところで、再会するなんて。

「N、君?」

 顔を上げたN君は、まるで私たちが来ることをわかっていたかのように落ち着いた微笑みを返した。

「デンジ、レイン。久しぶり」
「ええ……本当に」
「二年ぶりだな。なぁ、このリーフィアとグレイシアって、もしかして」
「そう。ナギサシティを発つときにボクのトモダチになってくれたイーブイたちだよ」

 あのときイーブイだった二匹は、それぞれリーフィアとグレイシアへ進化したのだ。それだけで、N君がこの子たちにどれだけ愛情をかけて育ててくれたのか、わかる。二匹をN君に預けて、本当によかった。だって、リーフィアもグレイシアもとても幸せそうだから。

「イッシュ地方に帰っていたのね」
「うん。レシラムのトモダチが危険な目に遭っていることをレシラムが感じて、戻ってきたんだ。離れてみて思ったけれど……ボクはイッシュが好きらしい。ボクに人としての生き方とポケモンと人が共にいることで奏でるハーモニーがあると教えてくれた場所だからかな。きっと」

 驚いて目を見開く私たちに、N君は相変わらず柔らかく笑う。

「いろんな地方を旅して様々な人やポケモンに会ったんだ。昔は苦手だったけれど、今はポケモン勝負だってするよ。ポケモン勝負とは勝ち負けを決める以上に自分のポケモンと自分、そして相手と相手のポケモンとが持っている、異なる素晴らしさを確かめるものだと知ったからね」
「N君……」
「そしてこの旅で確信した。ポケモンといることで人は未知なる道を進むことができるし、人といることでポケモンは本来の力を発揮できる。それが、レシラムがボクに教えてくれた真実なんだ。ポケモンと人が共存するためにボクがその架け橋となる。それが今のボクの目標」

 今のN君は、考え方も表情も、二年前とは全くの別人のようだ。広い世界を見て、新しい真実にたどり着いた彼は、こんなにも明るく輝いている。
 それなのに、真実を見付けたはずの瞳がどこか物悲しげなのは、どうして。

「会いたがっていたやつには会えたのか?」

 デンジ君の言葉に目を見開いたN君は、目元を隠すように帽子のツバを下げ、首を横に振った。これが、彼が憂う原因だと悟る。

「……イッシュに戻ってから全部の街を探したし彼女たちの故郷にも行ってみた。でも……」
「N君……」
「もちろん何の約束もなしに簡単に会えるとは思っていない。しかし会いたいと思っているのはボクの独り善がりだ。彼女たちは二年前にボクがしたことを許していないだろうし、憎んで……」
「そんなことない。絶対に」
「……アリガトウ、レイン。……この観覧車は思い出の場所なんだ。もしかしたらここに来たら……なんて淡い期待を抱いていたけれど」

 ゆっくり回転を続ける観覧車は、夕焼けを浴びて燃えているように赤い。開演時間間近の遊園地に人は少なく、この場には私たち以外に誰もいない。
 私も、デンジ君も、N君も、誰も何も言わずに観覧車を見つめ続けた。沈黙を共有することで、N君の心が少しでも軽くなるといい。だけど、彼の心を真に晴らすことができるのは、彼にとっての太陽だけなのだ。
 どれだけそうしていたのか、風が冷たくなり、閉園時間が迫ることを告げるアナウンスが流れ始めたそのとき。

『――――』

 声が、聞こえた。

「えっ?」

 暗闇を走る蒼い稲妻が、瞼の裏に見えた。私が空を見上げたのと、N君が空を見上げたのは同時だった。

「N? レインもどうしたんだ?」
「レシラムと似た……でも正反対の波導が……近付いてくるの」
「レシラムと似ていて正反対の波導? おい、N」
「……まさか……ゼクロム……? そんな、だって」
「N!!」

 黒い影が視界を横切った瞬間、光が、まるで羽根のように舞い降りた。



20130422



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