37.for my dear...

 ホテルの窓から見えるホドモエシティの街並みは、二年前にイッシュ地方を訪れたときと比べてずいぶんと変化した。以前は、貨物船の出入りが多く冷凍コンテナや物資保管施設がある貿易の街、という印象があった。しかし、今は街全体が再開発され観光ホテルが一面に建ち並んでいる。なによりも、街の南に建築された巨大なバトルドームは、ホドモエシティだけでなくイッシュ地方を代表する施設だ。
 私……いえ、私たちシンオウジムリーダーとチャンピオンのシロナさんは、あのドームで開かれるポケモンワールドトーナメントという大会に出場するために、イッシュ地方を訪れた。シンオウからだけではなく、カントーやジョウト、ホウエンなどからもジムリーダーやチャンピオンが集結し、あのドームでポケモンバトルの腕を競うのだ。中には、予選を勝ち抜いた一般トレーナーが出場する場合もあるらしい。
 そう、あのドームの中では地位なんて関係ない。それぞれが一人のポケモントレーナーとして全力を出し、ポケモンと一緒にトーナメントを勝ち抜く。ただ、それだけ。

「レイン」
「デンジ君?」

 ノック音と共にかけられた声に、ドアへと急ぐ。部屋の中へ招き入れたデンジ君は、心なしか気分が高揚しているようだった。

「荷物の片付けは済んだか?」
「ええ。デンジ君のお部屋もこんな感じ?」
「ああ。少し家具の配置が違うけど、だいたい一緒だ。しかし、すごいよな。ジムリーダー一人一室ずつ、こんな高級ホテルの部屋が与えられるなんて。しかも、大会が開催されている間ずっとだろ?」
「ええ。滞在している間の費用は全部大会側が負担してくれるみたいだし」
「はーっ……儲かるんだろうなぁ。まぁ、各地方の有名トレーナーが集まる大会のチケットなんて高値で売れるだろうし、観光客も増えるだろうし、大会は全世界でテレビ中継もされるようだし、経済効果ハンパないだろうな」
「………なんだか、今さらだけれど、緊張してきたわ」
「深く考えるなよ。あそこには強いトレーナーが山ほどいる。そんなやつらと、ジムリーダーという制限を越えたバトルができるんだ……あー、早くバトルしてたいな」

 ああ、よかった。デンジ君の目がキラキラ輝いている。優しく笑う顔も、真剣な顔も、甘える顔も、みんな好きだけれど、やっぱりバトルのときにだけ見せてくれるこの顔が一番好きだと再認識する。
 子供の頃から、ずっと憧れだったんだ。ようやく同じ舞台に立てると思うと、すごく嬉しい。

「ん? どうした?」
「ううん。なんでもないの。でも、よかった。保育施設があるから、仕事中はあの子を預けていられるし」
「ああ」
「大会の開催は一週間後だけれど、それまでどうするのかしら」
「さあな。ポケモンたちの調整の他にも、雑誌やテレビ取材なんかの仕事もあるだろうからな。でも、フリーの日だって少しはあるだろ。どこか行くか?」
「行きたい! あのね、セイガイハシティにマリンチューブっていう海の中を通る道ができたみたいなの。あと、ポケウッドと、ジョインアベニューと、あとライモンシティの遊園地が改装したから……」
「ははっ! 二年前には建設中だったところ、チェック済みなんだな」
「だって、お仕事とはいえ他の地方に来るのは久しぶりだもの」
「そうだな。よし! 時間があるときに少しずつ回ってみるか。少なくとも、ライモンシティは近くだからすぐに行けるだろ」
「うん! ……あ、もうすぐミーティングの時間だわ」
「うわ、めんど」
「ふふっ」
「はぁ。会議室に行くか」
「ええ」

 何となく付けていたテレビを消そうと、リモコンに手を伸ばす。赤いボタンに触れたとき、私は初めてついていたニュース番組の内容を認識した。テレビには、凍り付けにされたイッシュ地方が映っている。つい、数日前の出来事みたいだ。

「レイン。行くぞ」
「あ、はい!」

 ボタンを押してテレビを消し、デンジ君の後を追った。沈黙し真っ暗になった画面は、何か言いたげに佇んだままだった。



20130417



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