31.eternal shine

〜N side〜

 理不尽だと思う。リオルは怒られないのにどうしてボクばかり拳骨をもらわなくてはいけないのだろうか。

『Nさま。大丈夫ですか?』
「とても痛い」
「さっきのは間違いなくおまえが悪い。オレは最初に言っていたからな。レインに手を出すなよ、って」
「だってリオルが帰りを待ってくれている人にはああしたほうが良いって」
「確かにリオルが言ったことは素敵だけれど、誰かを……特に異性を抱きしめるときは気を付けなきゃ」
「どうして?」
「ど、どうしても」

 レインは先ほどから苛々しているデンジとボクの間に挟まって居心地が悪そうだ。それに、心なしか顔が赤い。

「N君が彼女のことを大切で、彼女もN君のことを大切だったら抱きしめても大丈夫。彼女もきっと喜んでくれるわ」
「その『大切』の定義がよくわからない。トモダチやレインたちを想う『大切』とは違うのかい?」
「……そうね、少し違うと思う」

 ときおり、レインはとても柔らかく嬉しそうに笑う。ジムリーダー試験に挑むレインを送り出したときもそうだった。そんなときは決まって、デンジの表情も微かに和らぐのだ。ボクは無意識のうちに何かを言っているのだろうか。

「じゃあこの場合の『大切』にはレインにとって誰が当てはまる?」
「デンジ君」

 即答だった。寧ろボクが言い終わるより早く、レインは断言した。

「キミの『大切』はデンジなのか」
「ええ。デンジ君は私の光だから」

 光。レインがデンジをどのような意味合いでそう例えたのかはわからない。しかし、ボクが光と例えるならばそれは一体誰だろう。刹那、意識が遠のいた。
 窓一つない真っ暗な部屋。遊びすぎてすり切れたバスケットボール。到着駅がない線路の模型。絵に刺さったダーツの矢。そして、ポケモンでも人間でもなかったボクと、傷ついたトモダチたち。
 狭い世界ばかりを見ていたボクが、初めて外に出て言葉を交わした人間。彼らがボクに人間らしさと、ポケモンと人間の在り方を教えてくれた。救われたのだ、ボクは。光とは、こういう存在のことをいうのだろうか。

「トウヤ……トウコ……」
「ん? なぁに?」
「レイン。もう良いだろ、この話。なんだか恥ずかしくなってきた……」
「どうして?」
『デンジさま、お顔が真っ赤でオクタンみたいです!』
「うるせ、このっ」
『きゃー!』

 デンジはリオルを捕まえて何やら擽っているようだが、戯れと理解しているから止めはしない。
 叶うならば、あの頃のボクにこの光景を見せてあげたい。この光景を疑うのか、それとも信じるのかはボクにもわからない。しかし、閉じた世界で生きていたボクは衝撃を受けることになるだろう。それが、きっと何かが変わる切欠になるはずなのだ。

「そうだわ。もうすぐなんだけれど、N君も出席してくれる?」
「主語がないよレイン。何に出席するって?」
「あ、えっとね……デンジ君と私の結婚式」

 今までレインの笑顔はたくさん見てきたけれど、このときほど幸せそうに笑う姿は初めてだった。



20130327



- ナノ -