29.reason of life

〜N side〜

 いつの間にか意識が戻っていた。全身を覆い包む気だるさから瞼を持ち上げられないでいると、自分の頬がしっとり湿っていることに気付いた。ボクは泣いているのだろうか。
 ゆっくり、瞼を持ち上げる。頬を濡らしているのはボクの涙ではなく、レインが働く孤児院のイーブイの涙だった。ボクが横になっているベッドの枕元にちょこんと座り、その大きな瞳からポロポロと涙を零している。
 視線が合うと、イーブイはいっそう瞳に涙を溢れさせた。

(おきた……!)
「イーブイ……っ!」
「N君!」

 起きあがろうと体に力を入れたところ、左肩に激痛が走った。半ば起きあがった状態のボクの体をレインが素早く支え、ゆっくりとベッドに押し戻してくれた。
 改めて周りを見てみると、ここは病院のようだ。ポケモンセンターとはまた違う、医療品のにおいがする。

「ごめんなさい。さすがに今回は病院じゃないと……あ、怪我をしているんだから、起きちゃダメ」
「ボクは……野生のレントラーに噛み付かれて……レインが、どうして」
「私、イーブイとコリンクをお散歩させていたら、N君が倒れて血を流しているところに出会したの」
「そう……街の人は大丈夫だったのかい? レントラーたちは?」
「大丈夫。コリンクがレントラーたちの誤解を解いてくれたの。あの子は両親と一緒に野生へ帰っていったわ。N君にごめんなさいって伝えてくれって。レントラーたちも申し訳なさそうだったわ」
「そう……」

 意識を手放す寸前に聞こえたコリンクの声は幻聴ではなかったようだ。
 それにしても、よかった。ボク一人の怪我だけでレントラーたちの誤解が解けたのなら安いものだ。これが最善の方法だったのかは分からないけれど、これで一つポケモンと人間の溝を埋めることが出来た。

「ありがとう」
「え?」
「N君が話し合おうとしてくれたから、レントラーたちも信じてくれたのだと思うの。もし、あの場で誰かが攻撃を仕掛けていたら、レントラーたちは暴れてもっと被害が出ていたのかもしれないから」

 だから、ありがとう。
 繰り返しそう言って、レインはボクの髪をそっと撫でてくれた。どうしてだろう。無性に、子供のように声を上げてに泣いてしまいたくなった。
 こんなに改まって、ありがとう、なんて、初めて言われたかもしれない。感謝の言葉って、こんなにも嬉しいものなんだ。

「レイン」
「なぁに?」
「ボクもなりたいよ。人間とポケモンとの架け橋に」
「……ええ」

 誰しもが命を繋ぎ、絆を作りながら生きていくのなら、ボクはその手助けをしたい。そしていつか、モンスターボールなしでも人とポケモンが繋がっていられるような、優しい世界を目指したい。探していた答えが、ようやく、確かなものになってきた気がした。
 そのとき、部屋の扉が開く音がして、デンジが中に入ってきた。足下にはサンダースとシャワーズがいる。手には、デンジには似合わない可愛らしいバスケットを抱えている。その中にいる小さなイーブイを見て、ボクは飛び起きてしまいそうになる衝動を堪えるのに必死だった。

「レイン! N! タマゴからイーブイが孵ったぞ!」

ああ、また、尊い命がこの世界に産声を上げた。



「reason of life」END 20130305



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