28.reason of life

〜N side〜

 レインから頼まれたお使いを済ませ、再び孤児院へと戻る道の途中、少しだけ寄り道をしたくなって、わざと遠回りをした。
 真っ青な空に輝く太陽、光を浴びてキラキラ光る海、優しい風、潮の匂い、波が戯れる音。立体歩道橋の上から見下ろすナギサシティは、太陽の恩恵を受けてとても綺麗だ。
 もうすぐ、タマゴが孵るだろうとレインが言っていた。あのタマゴから産まれてくる小さな命も、この太陽に愛された小さな世界で、波の音を子守歌に育つのだろう。
イッシュを飛び出してボクがたどり着いた街が、ここで本当によかったと思う。この街の、レインとデンジの元で、よかった。
たまに停電することもあるけれど、ナギサシティは本当に素敵な街だ。この街で産まれ、育つ命は、きっと幸せになれる。確信はないけれど、確かな予感がする。
 寄り道も程々にしないと、レインにいらぬ心配をかけてしまう。行きよりも少し急ぎ足になりながら帰り道を歩いていると、異変を感じた。

「……なんだ?」

 街の入り口……ゲートがある方角が騒がしい。しかも、その方向から数名の人が逃げるように走ってくるではないか。普段のボクならば何の関心も抱かずに真っ直ぐ家に向かっていたことだろう。しかし、その方角からは声が聞こえたのだ。怒りに満ちた、ポケモンの声が。
 人の流れに逆らい、ポケモンの声がする方を目指したそこには、二匹のレントラーがいた。それぞれオスとメスのようで、どうやら番のようだ。体毛を逆立たせ、バチリバチリと音を立てて放電し、周囲を威嚇している。ゲートからは警報が鳴り響いており、恐らくこのレントラー達はゲートを破壊して街に進入したのだろう。
 レントラーたちが牙をむき出しにしてうなり声を上げると、まだその場に残っている数人が怯んだ。

「きゃあ!」
「下がって!」
「今ジムリーダーに連絡を入れた! ジムリーダーが来るまで、何とかして」
「戦ってはダメだ!!」

 モンスターボールに手をかけようとした男性の腕を掴んでそれを制す。戦ってはいけない。何でも力で解決させるなど間違っている。
 面白いからとか、単に暴れたいからとか、そんな理由で自ら人間を傷付けようとするポケモンはいない。なにか理由があるはずなのだ。このレントラーたちが、街に侵入してまで人間を威嚇する、理由が。
 戦う意志がないことを示すために、ボクは両手を広げながら、一歩前に進み出た。後ろからは「止めなさい!」と言う声が聞こえたけれど、知ったことではない。

「レントラー。どうしてこんなことをするんだ? ここに住む人間がキミたちに危害を与えたのかい?」
(そうだ! 俺たちの子供が人間に捕まった! 未だあんなに小さいのに、人間はあの子を傷付けて捕まえたんだ!)
(返して! 私たちの息子を返して!)

 まさか、このレントラーたちが言っているのはレインが働く孤児院にいるコリンクのことではないだろうか。だとしたら、レントラーたちは大きな勘違いをしている。あのコリンクは怪我をしているところを保護されているのだ。怪我がほぼ完治したので、そろそろ野生に戻せるかもしれないとレインが言っていた、矢先だ。

「違う! あのコリンクは」

 ボクの言葉は最後まで続かなかった。周りに残っていた人々の悲鳴が聞こえる。地面に叩き付けられた後頭部よりも、左肩が焼けるように痛い。鋭い爪でボクの首元を押さえつけているレントラーの牙が、赤い。血だ。誰の?
 ――そうか、ボクの血だ。ボクは、レントラーに噛みつかれたのか。
 ぼんやりと朧気になっていく意識の中で浮かんできたのは、あの城のあの部屋で出会ったトモダチだった。
 出会ったばかりの彼らも、レントラーと同じように牙をむいた。引っかかれたら痛かったし、噛み付かれたら血がたくさん出た。それでも、ボクは彼らを怖いと思ったことはなかった。
 彼らをあんなに臆病に、獰猛に、変えてしまったのは人間のせいだから。人間と関わらなければ、彼らはあんな風に心も体も傷付けられることはなかったのだ。
 このレントラーたちも、似たようなものだ。例え誤解でも、和解できなければ意味がない。種族が違う者同士、真に理解し合うことは難しい。
 やはり、人間とポケモンは相容れぬ存在。白黒はっきり切り離すべきなのだろうか。それこそが、真実なのだろうか。
 ボクは、ここで死ぬのだろうか。

『おれたちが追い求める理想の世界は、これから先も人間とポケモンがずっと共存し続ける世界だ。だから』
『あなたが、人間とポケモンは切り離されるべき存在なのだと、それを真実と呼ぶのなら……わたしたちはあなたを止めるわ! N!』

 ――ちかり。光が見えた気がした。
 そうだ、死ねない。死ねるわけがない。ボクのトモダチやこのレントラーたちのようなポケモンを、生み出してはいけない。人とポケモンの狭間にいるボクが、両種族の絆にならないで誰がなれるというのだ。
 そして、ボクが狭い世界で信じ続けていた真実を打ち破り、人間と一緒にいることで幸せになれるポケモンが居るということを教えてくれた彼らのためにも、ボクは、生きたい。

「トウヤ……トウコ……」

 意識が完全に暗闇へと包まれる直前、あのコリンクの声が聞こえた気がした。



20130228



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