24.one's strength

〜N side〜

 家の前に真っ赤なアフロの大男が立っていたら、それは誰もが一瞬身構える案件だろう。例え、いくら見覚えのある顔だとしても。

「ようN! デンジから話は聞いているぜ! 覚えているか!? シンオウ地方四天王三番手のオーバ様だ! ま、イッシュじゃいろいろあったけど、おまえもあれからいろいろあったみたいだし、気にすんな!」
「……アリガトウ」

 オーバは目が合うなりボクに向かってつかつかと足早に近付いて来るものだから、イッシュでのことから殴られるのではないかと思った。しかし彼は後味を残さないさっぱりとした性格らしい。オーバは豪快に笑いながら、背骨を折りかねない勢いでボクの背中をバンバンと叩いた後、テーブルの上を見て苦笑した。

「しかし……でかいケーキだなぁ」
「いや、だって普通に合格するものとばかり思っていたんだよ」

 と、口を尖らせたデンジが言った。テーブルの上には『ジムリーダー合格おめでとう!』というメッセージが書かれたイチゴのホールケーキが置いてあり、これはデンジが用意しておいた物だ。数日前に「レインはイチゴがのったケーキが好きなんだよな」とライチュウに話しながら、上機嫌にどこかへ電話をしていた記憶がある。まさかこの日のための物だったなんて思いもしなかったけれど。
 レインはデンジにお礼こそ言ったものの、ケーキに手をつける様子はない。困ったような顔で笑いながら「先に海にいるポケモンたちにごはんをあげてくるわね」と言って、シャワーズと一緒に部屋から出て行ってしまった。食事を運びに行くということを口実に、一人で考えを整理したいように感じた。
 しかし、大の男三人がケーキとご馳走を前に待てをしている様子のなんと滑稽なことか。

「どうしてレインはあんなに悩む必要があるんだい? 四天王の方がジムリーダーより立場も給料も上なのだろう?」
「……Nはレインがジムリーダーになりたい理由を知らなかったな」
「理由?」
「ああ」

 デンジは頬杖をついて、ケーキをぼんやりと眺めたまま呟くように言った。

「ポケモンと人との架け橋になるため。そして、人間とポケモンが共存し続ける未来のためにジムリーダーになりたい……だそうだ」
「……ポケモンと人との架け橋に」
「ああ。それには、ある程度の地位があったほうが都合がいいだろう。だから、レインはこの数年間、ジムリーダーを目指して勉強してきた。四天王でも地位は得られるが、いろいろと制限されることが多いからな」

 「な?」と言うようにデンジは視線をオーバに向けた。

「実際、四天王はシンオウリーグに缶詰になることが多んだよな。俺だってこう見えて、フィールドワークよりデスクワークが多いし。ポケモンや人と触れ合う機会が多いのは、断然ジムリーダーだな」
「それに、レインが弟子入りしているジムリーダーの信条が『ファイトマネーは人やポケモンのために使う』だからな。その人の影響も大きいだろうし……レインにとっては悩み所なんだろう」
「………そうだったんだね」
「デンジにも何回か四天王昇格の誘いがあったのに、ことごとく断ってるんだぜ? こいつ」
「だって、リーグは改造ができな……じゃなくて、街の人と触れ合えるジムリーダーの方が素敵だからな」
「本音を隠し切れていないよ」

 何ともデンジらしい理由だ。思わずクスリと笑うのと同時に、ドアノブが音を立てた。部屋に戻ってきたレインの表情から察するに、決断を下すことができたようだ。

「デンジ君、オーバ君、N君。やっぱり私……四天王を断るわ」



20130130



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