![](//static.nanos.jp/upload/i/iris1951/mtr/0/0/20191213020328.png)
23.one's strength
〜N side〜
「キミは夢を持っているかい?」
そう問いかけたときの、チマリの笑顔の眩しさといったらなかった。電気石の洞窟で『彼ら』に同じことを問うたときのことを思い出した。チマリも『彼ら』と同じだと、わかった。『彼ら』も今、夢に向かって突き進んでいるのだろうか。
「チマリはやっぱりポケモンバトルが好きだから、いつかデンジみたいなジムリーダーになりたいな!」
「え」
感傷に浸っていたというのに、思わず素の声が出てしまった。
チマリの目標はデンジだって? 確かに子供は近くにいる大人の背を見て育つと言うが、これは夢……というより目標を改めさせるべきではないだろうか。
だって、あのデンジだろう。デンジが定時に出勤している姿を見た試しがないし、ジムに着いたら着いたで機械いじりを始めてしまう。
しばらく共に暮らしてデンジが悪い人間ではないと言うことはわかっているが、ジムリーダーとしては果たしてどうなのだろうか。家ではポケモンたちに愛情を持って接しているが、それだけでジムリーダーが勤まるほど簡単な職ではないと思う。
「彼が目標で本当にいいのかい? 本当に?」
「うーん……今はあんな感じだけど、本気のデンジはすごいんだよ! バッチバチのビッリビリなの!」
「ゴメン。よくわからない」
「えーっ!」
「チマリ」
チマリのピカチュウ耳としっぽは飾りで神経は通っていないはずなのに、デンジの声がしてビクッとしたと同時に耳としっぽまでピンと立ったような気がした。
何を話していたんだ? とでも言いたげに怪訝そうな顔をするデンジを誤魔化すように、なあに? とわざと可愛らしく小首を傾げて見せている。
「挑戦者が来たみたいだ。手合わせは後な。持ち場に着いてくれ」
「あ、はーい! ピカチュウ、行こう!」
(うん!)
やはり、チマリも一人のジムトレーナーだと思った。顔付きが一気に変わった。誰かの壁になるために立ちはだかる、強者の顔。それだけで、わかる。チマリとチマリのトモダチはこれからもっと成長するのだろう。
だからこそ、目標がデンジでいいのだろうかという話になるのだが。
「なんだよ」
「いや……デンジはどうしてジムリーダーになったんだい?」
「はぁ?」
また不足そうというか、不機嫌そうに眉間にシワを寄せる。今日ボクはデンジからこんな顔しか向けられていないような気がする。
「オレたちのバトルを見たらわかるさ、きっと。今日の挑戦者は手応えがありそうだったからな。ちょうどいい」
なるほど。確かに、ボクはデンジとデンジのポケモンが織り成す本気のバトルを未だ見たことがない。そこまで言うのならば、しっかりこの目に焼き付けさせてもらおうか。デンジ、キミが戦う理由を。キミとキミのポケモンたちの絆を!
一時間ほど経った後にデンジの元へとたどり着いたのは、十代半ばから後半ほどの少年だった。互いの自己紹介もそこそこに。バトル開始の合図がバトルフィールドに響いたその瞬間から、互いに全力をぶつけてきた。
そのときのデンジの表情は、まるで未知なる世界を前にした好奇心旺盛な少年のようだった。デンジはその場に応じて的確に技を選び、絶妙なタイミングでポケモンに指示を下す。ポケモンも、まるでデンジが次に何を言うかわかっているかのように、滑らかにしなやかに、それでいて激しく獰猛に動く。
魅入られた、とはこのようなことを言うのだろうか。見ているだけで体の奥から電流が流れてくるようなこのバトルを、いつまでも感じ、見ていたいと思った。
終わりは三十分ほど経った後に訪れた。少年のユキノオーが、デンジのエレキブルのギガインパクトを受けて、沈んだ。少年はユキノオーの名前を呼びながら駆け寄ると、いたわりの言葉をかけてユキノオーをモンスターボールに戻した。少年が悔しそうに唇を噛んでいる様子が、ここからでもわかる。
さあ、デンジは彼にどのような言葉をかけるのだろうか。
「惜しかったな」
「……っ」
「……だが、オレに切り札のエレキブルを出させたのはキミが久し振りだった」
「!」
「そうだな……ポケモンによって技の好き嫌いがある。優しい性格のポケモンに攻撃技ばかり命じてもうまくいかない場合が多い。自分のポケモンの性格を考えて技を選んでやると、キミたちはもっと上に行ける」
「! ……っ、ありがとうございました!」
少年は上体を勢いよく曲げて一礼すると、モンスターボールを大切そうに抱いて、バトルフィールドから駆け出していった。その少年の背中を見つめるデンジの表情を見たとき、彼が言っていた意味がわかった気がした。
デンジがジムリーダーになった理由。それはきっと、自分が挑戦者と熱く痺れるバトルを交わすことだけが目的じゃない。ああやって、強さを秘めるポケモンとトレーナーをさらに高見へと導くため。そして、熱く痺れるバトルを次世代へと受け継がせるために、彼はジムの最奥で挑戦者を待ち続けるのだろう。
少しだけ見直したよ、デンジ。
「デンジ君! N君!」
「え?」
デンジと全く同時に振り向いた。息を切らしたレインが、裏口からバトルフィールドに駆け込んできたところだった。試験はどうしたのだろうかと思ったが、時計はいつの間にか夕刻を表示していた。おそらく試験が終わったのだろうが、この慌てようはどうしたのだろうか。
「レイン」
「デンジ君! どうしよう! 私、私……!」
「落ち着けよ。何があったんだ? ジムリーダー試験は終わったのか?」
「え、ええ。筆記試験と、論文と、面接と、実技、全部が終わって……その場で結果を言われて……あの……」
困惑しきった様子のレインはどこか泣き出してしまいそうに見えた。これは……と、よくない予想が脳裏を掠める。
しかし、レインが紡いだ言葉はボクの、そしてデンジの予想を遥かに超えていた。
「し、四天王にならないかって言われたの……」
マメパトが豆鉄砲を食らったときの表情とは、今のデンジのような表情を言うのだろう。チマリが「変な顔!」と笑いながら、その表情を撮影しても眉一つ動かさないのだから。
20130128