22.one's strength

〜N side〜

 ジムに来て何をすればいいのだろうと思っていたら、適当にくつろいでいてくれと言われたから驚いた。みんなが働いている中をボクだけがだらけるわけにはいかないだろうと反論しようとしたが、ナギサジムの中に入った瞬間にデンジが言うことが理解できた。
 すでに出勤していたジムトレーナーたちは、ギターを演奏したり歌を歌ったりしていたからだ。他にも、ポケモンと一緒に本を読んでいる子供がいる。
 この前出会ったチマリはボクに元気よく挨拶をした後、デンジのスマートフォンを借りてゲームを始めたようだ。そしてジムリーダーであるデンジはというと、工具箱を手にいそいそとジムの奥にこもってしまった。

「イッシュのジムは全て制覇したけれどこんなジムはなかったよ」
(これは悪い例だと思うから信じちゃダメだよ。他のジムは普段、バトルの訓練をしたりジムのメンテナンスをしたりしているみたいだから)
「そうなんだ」

 チマリのピカチュウがそう言いながら近寄ってきたので、そっと抱き上げた。触り心地の良い毛並みだ。普段からバランスのとれた食事と念入りな手入れがされているのだと分かる。深い愛情を、注がれているのだと。

「キミたちはジムトレーナーのポケモンでよかったかい?」
(……? 意味がよくわからない)
「だから……戦うのがイヤなのに無理矢理戦わされたりしてないかい?」
(それはないよ。あたしを仲間にしてくれたのがチマリちゃんで、彼女がたまたまジムトレーナーになっただけ。ジムトレーナーになるとき、チマリちゃんはあたしたちにちゃんと相談してくれた。今までよりバトルをする機会が増えるかもしれないけどいい? って。あたしはバトルが好きだからチマリちゃんと一緒にジムで働いているの)
「無理矢理ってことはないんだね」
(うん。まあ、実際は見ての通り、挑戦者が少なすぎてバトルする機会は減っちゃったんだけど)
「はは。なるほど」
(……あたしはバトルが好き。ポケモンを好きなトレーナーとのバトルが好き。もっと強くなりたいって思う。だから、今の生活は野生でいた頃よりとても楽しい。それは、ここにいるポケモンみんなだと思うよ。みんなあたしたちを可愛がってくれるもん。そうじゃなきゃ、望んでここにいない)
「……キミはあのトレーナーが好き?」
(大好き)
「ピカチュウ!」

 チマリの声が聞こえると、ピカチュウはピンと耳を立てて、ボクの腕からするりと降りていった。そして、勢いよくジャンプしてチマリの腕の中に飛び込んだのだ。

「もう少ししたらデンジが手合わせしてくれるんだって!」
(本当?)
「頑張ろうね!」
(うん!)

 不思議だ。チマリにピカチュウの言葉は鳴き声としか聞こえないし、ピカチュウだってチマリの言葉を正確に知ることはできないはずなのに、通じ合っている。思い返せば、彼らもそうだった。みんな、ポケモンと通じ合っていた。
 「Nもチマリとピカチュウのバトル、見てね!」と言って笑うチマリの頭を無意識のうちに撫でていた。トモダチではなく、人間に対してこんなことをしたのは初めてかもしれない。

「N?」
「チマリ。チマリはどうしてジムトレーナーになったんだい?」
「え? えっと……なんでだったっけ。最初はデンジに誘われたからだったかな。デンジがジムリーダーになったばかりのころだったよ」
「そう。小さい頃からずっと戦ってばかりで、他のことをしてみたいとは思わないのかい?」
「……」
「どうしたの?」
「ううん。考えたことがなかったから……でも、やっぱりチマリはポケモンとポケモンバトルが好きだから、ずっとここにいたいよ。バトルをしているときが、みんなとの絆を一番感じられるもん」

 でも、と言ってチマリはピカチュウをぎゅっと抱きしめた。

「チマリがジムトレーナーを辞めることがあるとしたら、みんなが戦いたくなくなったときかな。みんなと一緒じゃなきゃここにいても意味ないもんね」

 その言葉を聞いて、ピカチュウは嬉しそうに鳴いた。世界中のポケモンと人間がこの子たちのような関係ならば、ボクのトモダチのような思いをするポケモンなんていなくなるのだろうな。



20130122



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