21.one's strength

〜N side〜

「おはよう……?」

 キッチンに立っている人物を見て、まだ自分が寝ぼけているのではないかと思ってしまった。いつもなら、キッチンに立ち朝食を作っているのはレインのはず。ところが、今日はなんとデンジがキッチンに立っており、その上なんとエプロンまでつけているではないか。
 これは、覚悟をするしかないようだ。

「なんだよ、その顔は。オレの料理は不足か」
「そんなことはないよ。居候の身なのだから例え朝食が焼け焦げたパンでも有り難く頂くよ」
「おまえは素で失礼なことを言うやつだな。いいからさっさと座れ」

 想像に反して出てきたのは、どこかホッとする香りの味噌汁と、炊き立てのご飯だった。それから、昨晩の残りをあたためた物が少々。正直、驚いた。見た目だけならレインの料理と大差ない。
 しかし、味噌汁をすすった瞬間、ああこれはデンジが作ったものだと再認識した。美味しいとも不味いとも言えない。いや、都合のいい言葉を使えば『微妙』な味である。

「今日はレインがあんな状態だからな。包丁を握らせたら怪我しかねない」
「あんな状態って?」

 あれ、とデンジが指さした先には暗記カードを持ってぶつぶつと呪文のようなものを唱えているレインがいた。

「……あ! お、おはよう。N君」
「おはよう」

 ボクとデンジの視線に気付いたレインは、暗記カードをワンピースのポケットにしまい、席に着いた。その一つ一つの動作から、ぎこちなさというか、不自然さが感じられる気がする。ほら、箸だっていつもは右手なのに左手で持ってしまって、デンジに指摘されている。

「そんなにガチガチになるなって。今からそんなでどうするんだ?」
「だ、だって、き、緊張して、あまり眠れなかったし」
「とりあえず、朝食はちゃんと食って行けよ」
「あ、ありがとう」
「なに? 今日は何かあるのかい?」

 こくこく、と頷いてみせるレインに変わってデンジが口を開く。

「今日はレインのジムリーダー試験があるんだよ」
「なるほど。どうりで」
「そんなに緊張することでもないと思うんだけどなぁ、オレは」
「ちなみにデンジのとにはどうだったんだい?」
「あー……寝坊して試験の三十分前に起きたことしか記憶にないな」

 緊張のきの字もないではないか。

「ごちそうさま。ありがとう、デンジ君」
「ん」
「じゃあ私、先に出るわね。いってきます」
「ああ。レインなら大丈夫だ。自信を持って行けよ」
「……ええ。ありがとう。N君、いってきます」
「いってらっしゃい。頑張って」
「ええ! ありがとう!」

 今までの緊張しきった顔とは打って変わって、表情をパッと輝かせたレインは、パタパタと廊下を走っていってしまった。慌てて転んだりしないといいのだが。
 「シャワーズ! 行くわ……きゃんっ」(ちょっと、大丈夫!? しっかりね、レインちゃん!)……言わんことではない。今から縁起が悪すぎる。
 バタン。玄関のドアが閉まる音がしたところで、デンジはひっそりとため息をついた。

「まるでこれから受験に向かう我が子を送り出す心境だ……」
「でもレインは笑っていたし案外大丈夫だと思うよ」
「笑ったのは……まあ、嬉しかったんだろうな」
「なにが?」
「無自覚かよ。半年ちょっとでよくここまで変わったもんだ」
「?」
「それはそうと、N」
「うん」
「今日はオレとナギサジムに来てもらうぞ」

 思わず食べ零してしまった豆腐が、ポチャンと小さい音を立てて再び味噌汁の中に沈んでいった。



20130118



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